第6話

 むろん、浩史とて結婚について考えたことがなかったわけではない。


 恋愛についても、女性という生き物についても、またそれにまつわるいかなるものについても、考えたことがないわけではなかった。


 けれども、それらについて考える時、彼は他のどんな事柄について考える時にもまして憂鬱になってしまう。


 浩史は女性の言葉遣いが憂鬱だった。


 その笑顔が憂鬱だった。


 歩き方が憂鬱だった。


 だから、そんな暗い感情を己に納得させるべく、俺はまだそういうゴタゴタに関わるだけの資格がないのだと自らに言い聞かせていた。


 資格。


 おそらくこの世には、実に数多くの資格が存在している。


 運転免許証だの、教員免許状だの、またはそういった類のものとは全然別に。


 食事をする資格。


 眠る資格。


 会話する資格。


 女の子と腕を組む資格。


 他人と争う資格……やめよう。


 つまり、人間の生活はそれら細々した資格の集積として成立している。


 ただ、公的な試験がないだけだ。


 が、逆にだからこそ人は、己が所有する資格を疑いもせず、あるいはそれが資格であることにすら気づかぬまま、成長と称される老衰へのなだらかな川を静かに下り続けるのだ……。

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