第4話

 そうした期間、教壇を去って3ヶ月ほど経過した夏のさなか、浩史は二階の自分の部屋でベッドに寝転んで本を読んでいた。


 S・ベローの「この日をつかめ」。


 38歳で仕事のない男を描いた小説だ。


 むろん、内容などまるで理解できなかった。


 理解する気がないからだ。


 浩史はずい分前から集中力の著しい衰えを感じていた。


 何か一つことを始めようとすると、必ず同時に他のことがしたくなってしまう。


 たまに父親の仕事を手伝って車を運転したりすると、必ず危険な目に遭った。


 若葉マークの頃に戻ったようだ。


 何か気がかりなことがあってそれに気をとられている、といったありがちな状態とは違う。


 彼は始末におえない自分の身体(というより精神だろうか)を何とかしたいと常に考えていたが、何とかなりそうな気配は微塵もなかった。


 どうしたらそこから抜け出せるかすら、見当もつかない。


 本を読んでもその世界に没頭するなどできないし、むしろ、気持ちよく本を読める日々などもう二度と訪れないのではないかとさえ思われた。

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