第3話

 一方で、そんな浩史の姿は両親の目にどう映っていただろう。


 説明するのも面倒だが、結論から言ってしまえば、何万語を費やそうと最終的にはこうなる。


(こんなはずじゃなかった……)


 実際、こうなる前の彼は実に手のかからない子供だった。


 飼い犬みたいに従順とか模範的だったとかいうのではなく、単純に手がかからなかったのだ。


 言い換えれば、彼には何も命じる必要がなかった。


 勉強しろ。


 家の手伝いをしろ。


 将来は何々になれ。


 普通なら親が子供に対しせずにいられなかったはずの様々な指図を、彼の両親に限って何もしなくてよかった。


 なぜなら、浩史は早くから教師になるという目標を持っていたし、言われなくとも、親が考えて彼のためになるだろうと思うことを、何もかも自らすすんでやってきたからだ。


 長いこと、彼は両親の誇りだった。


 殊に、中卒の学歴しかない父親にとってはそうだった。


 彼は、息子が立派な教育者となって地域社会に貢献し、周囲から感謝されるようになれば、自分もその父親として然るべき尊敬を集めるようになるだろうと心密かにもくろんでいたのである。


 浩史が採用試験に合格した時誰より喜んだのも、確かにこの父親だった。


 なのに、5年経ってみればこの有様だ。


 職も、金も、理想も、あまつさえ若さすら失い、抜け殻のようになって帰ってきた。


 ささやかな計画がすっかりダメになったと悟った時、父親がいかに失望を禁じ得なかったか想像に難くない。


 浩史はいまや、父親の中で期待の星から敗北の象徴へと格下げになった。


 また、母親はというと、元来善良な性質で、ただまっすぐ健康に育てばそれでよしと考えていたので、失意のあまり息子を避け始めた夫以上に、心底浩史の身を案じていた。

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