第11話 フラッシュバック→未来の破片

 僕と葉月は一緒に湯船に浸かっていた。

 僕が葉月をバックハグする形で、やろうと思えば彼女の胸を鷲掴みにできる体勢だ。


「ふふっ、家のお風呂でこんな感じに浸かるの久しぶりだね」


「ま、まあ、うちのお風呂ちょっと小さいからね。今思うと、もうちょっと広いお風呂がある部屋を探せばよかったかも」


「ふーん。じゃあ一太郎は広いお風呂があれば、私と毎日一緒に入っちゃうんだ?」


「そ、そうは言ってない……けど……」


 葉月はいつものいたずらっぽい表情で僕のほうを振り返る。温まってきてほんのり紅くなった彼女の顔は、いつにもまして色っぽい。


「あー、でも毎日一緒に入ってたら、一太郎は茹でだこになっちゃうかもねー」


「それは……、誰かさんが長風呂させるから……」


「『させるから』? 違うでしょ? 一太郎が勝手にすーぐ興奮しちゃうからでしょ?」


「ちょ、ちょっと葉月、まだ早いって」


 葉月はいつの間にか自分の胸を僕に押し付けて、上目遣いで挑発してくる。彼女の右手は、硬くなりはじめていた僕の僕自身に添えられていた。


「たまにはいいじゃん。じっくり触り合うのも好きだけど、こういういきなり始まるのも。それとも、一太郎はこういうの嫌い?」


「いや、そ、そんなわけはないけど……」


「じゃあ決定ー」


 そう言って葉月は僕の口を塞いでくる。

 柔らかくて熱っぽくて、いつもよりも湿った感触。

 お互いにお互いの舌を貪っていると、既に僕は臨戦態勢になってしまっていた。


「おおー、明るいところで見るの久しぶりかも」


「いや……、あんまりじっと見ないで……」


「いいじゃん減るもんじゃないし。立派だと思うよ?」


「うう……、恥ずかしい……」


 褒められているのだろうけれども、羞恥が勝ってしまいそれどころではない。

 しかも風呂場の明るい照明のおかげで、顔から足先まではっきり見えてしまうのだ。


「もう触らなくても大丈夫なくらい元気だね。じゃあ、そのまま来てよ。……私ももう、準備出来てるから……」


 葉月は立ち上がり、壁に手をついた。

 やや不安そうな、それでいて何かを期待しているような興奮した顔で、僕にお尻を付き出す体勢。


 もう準備もできているということなので、ここまで来て引き下がるような真似はできない。

 でも男として、最後の理性を振り絞ってもう一つだけ準備をしなければならない。


「……ゴム、持ってくるね」


「いらない」


「いらないって、そういうわけには……」


「いらないの! もうこのまま来てよ! 我慢できないのっ!」


 葉月が急に声を荒げてそう言う。興奮して早く快楽に溺れたいというよりは、何か焦っているようなそんな口調だった。


 その刹那、僕はとある記憶がフラッシュバックしてしまう。


 ある時から元妻が急に、避妊をせずにセックスをするようになったこと。そして、それに従って出来たはずの子どもが、実は自分の子どもではなかったということ。そのほか、あの人に言われたひどいことなどなど。

 

 克服出来たと思っていたのに、心の傷はこんなに大事な場面で牙を剥いてくる。

 欲望に忠実ならこんなにも興奮する場面なのに、僕の頭の中はパニックになりかけていた。


 周囲の酸素が足りない。このままでは死ぬ。そんなわけないのに、僕の身体は急に悲鳴を上げたのだ。

 コントロールが効かなくなった僕の身体は、一気に力が抜けてしまった。


「ちょ、ちょっと一太郎!? だ、大丈夫!?」


「苦しい……、助けて……」


 葉月は僕がパニック状態になったことを察知したのか、先程までとは違う深刻な表情へと変わっていた。


「待って、まずお風呂から出よ? 大丈夫、怖くないから」


「う、うん……」


 脱衣所でバスタオルを手に取り、僕ら二人は一旦外へ出た。

 密室から開放されたことで、僕の呼吸困難はだいぶ回復した。しかし、僕ら二人とも、あまり喜べるような状態ではない。

 

「……ごめんね、私のせいなんだよね、本当にごめんね」


「ち、違うんだ。僕が変なこと思い出したりしたから……」


「その思い出すきっかけを作っちゃったのは、やっぱり私だよ。ごめん、今日はやめにしよ」


 そう言って葉月は僕に風呂を譲り、一旦服を着直した。


 この日からしばらく、僕と葉月は性交渉をすることがなくなってしまう。

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