閑話 これで自由になったのだ

 ◇尊


 ボクが産まれてまもなく、両親は事故で亡くなったらしい。天涯孤独となったボクは、遠い親戚である土濃塚家に養子として引き取られた。


 お兄ちゃんが『まこと』であることに対して、義弟のボクが『みこと』という名前になったのは、全くの偶然。


 実の親の顔は写真でしか見たことがない。物心ついた頃には、すっかり土濃塚家の次男になっていた。そのせいか、今でもあまり実の親が親であるという実感がわかない。


 土濃塚家は代々医者という家系で、育ての父親はとても厳しい人だった。


 なまじお兄ちゃんが優秀であるので、養子とはいえボクに対する当たりは少し強かったと思う。それでも頑張ったことに対してはきちんと褒める人だったので、苦しいなりになんとかやってこられた。


 育ての母は父に逆らえない人。

 いつもいつも「ごめんね」と謝られていた記憶ばかり思い出す。

 今ではもう何も思うところはないが、ちょっとかわいそうであるなと当時は思っていた。


 ボクに優しくしてくれたのは、お兄ちゃんだけだった。

 血の繋がりがないのに――いや、血の繋がりがなかったからこそ、そこらの兄弟なんかよりずっと仲が良かったと思う。


 お兄ちゃんに対する特別な気持ちに気がついたのは、中学生の頃。本の虫だったボクは、とある小説に出会う。


 その物語の主人公は男性でありながら、男性に恋をする。

 それを読んだとき、今までどう名付けたら良いかわからなかった感情に、ようやく答えが出た。


 ボクは、お兄ちゃんのことが好きだ、と。


 もちろんかなり掟破りな恋であることは自覚していた。

 お兄ちゃんは普通に女の人が好きだろうし、ましてや義理とはいえ兄と弟だ。ハードルの高さはそんじょそこらの恋愛なんかとは違う。


 高校生になってからは女の子の格好をすることが増えた。女の子になりたいというわけではなく、ただお兄ちゃんがボクのことを意識してくれたらいいなと思っていただけ。


 けど、これはこれで楽しい。今ではすっかりクローゼットの中は女性物の服だらけだ。メンズに比べるとバリエーションが多いから、世の女の人がたくさん服を買う理由がよくわかる。


 そんなことをしていたおかげで、理解のない育ての父親からは高校卒業と同時に勘当されてしまった。

 もともと血も繋がっていないので、『勘当』と表現するのが正しいかはわからないけど。


 高校在学中に書いた小説が賞を獲ってデビューし、そこそこに売れてくれたおかげで経済的にも自立していたので、ボクにとっては家を出ることがむしろ自然に思えたぐらいだった。


 その時ボクは「これで自由になったんだ」と、解放された気持ちになった。

 少しずつでいいから、お兄ちゃんとの距離を詰めていこうと毎日楽しんで生きていた。



 ある日お兄ちゃんから、友達のカップルにちょっと波風を立ててほしいと頼まれた。


 その友達は、僕もよく知っている中学時代の先輩たち。

 最初はお兄ちゃんの言うことの意味がわからなかったけど、話を聞くとなんだかその2人は大変そうだった。信じていた人に裏切られたとせいでトラウマを抱えてしまったというのは、なかなかに心が痛む。


 それと同時に、お兄ちゃんはやっぱり男女の恋愛に興味があるのかなと少し残念な気持ちにもなった。


 でもこんなことで諦めるようなボクではない。


 むしろこの機会を利用して、お兄ちゃんがもっとボクのことを気にかけてくれるようにしてやろう。

 頭の中はそんなことでいっぱいだった。


 結果、先輩たち2人は仲が進展したようだし、ボクもお兄ちゃんを煽るための先輩といい感じのツーショットが撮れたのでまぁまぁ良かったのではないかと思う。


 なんだかボクがいるとお邪魔な感じまで出てきたので、そろそろ引き上げることにしよう。

 ちょっと葉月先輩が浮かない表情をしていた気がするけど、まああの2人なら大丈夫でしょ。


 幸せは、多ければ多いに越したことはない。

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