第35話 アンダースタンド

 ◇葉月


「んで? そろそろ本当のことを教えて欲しいんだけど?」


 以前一太郎と訪れた踏切近くのカフェ。そこで私と尊はのんびりとお茶をしていた。


「ん? なんですか? 本当のことって」


 尊はすっとぼけた表情を浮かべて、ホットのフルーツティーをすする。


 彼が急に一太郎のもとを尋ねて来たのには理由がある。

 作家業をやっている彼のお金まわりを、面識のある一太郎に全部おまかせしたいということだ。


 以前の担当の税理士がどうやら性的な目で尊の身体を見てくるからということらしい。

 そりゃそうだろうなと思う。男女両方好きだと彼は言っているけれども、どう見たって男性に好かれるように見た目を整えているから。


 だから私は何か変だなと感じている。


 昨日の夕食のときの会話からは、なんとなく一太郎から嫉妬されるように尊は振る舞っていた。

 でも私のことを一太郎から奪おうとするにしては、随分と消極的というか、普通に女の子と一緒に遊びに行っているのと変わりない態度で接してくる。


 わざと一太郎の嫉妬心を煽るよう、誰かに指示されたのだろうか。

 そういう疑念が今朝からずっと頭の中で渦巻いている。だから思い切って訊いてみるに限る。


「とぼけなくてもいいって。本気で一太郎から私を奪おうっていう気は無いんでしょ?」


「あちゃー、葉月先輩にはあっさりばれちゃうんですねー。さすがです」


 尊はかなわないと思ったのか抵抗することなどせず、あっさりと白状する。


「お察しの通り、ボクは一太郎先輩がヤキモチを妬くようにわざと葉月先輩を連れ出しています」


「それは誰かの指示なの? もしかして、真?」


「うわー、そこまでわかっちゃうって葉月先輩結構鋭いんですね。その通りです。お兄ちゃんからの指示ですよ」


 まさか自分の予想していたことがそのまま起きていて、私は逆にびっくりしてしまった。


 彼は一太郎にも女性恐怖症の克服アイディアを吹き込んでいたので、もしかしたら別の角度からもアプローチをしてくるのではないかとうっすら思っていたら、本当にその通りだったのだ。


「お兄ちゃんったら、随分と一太郎さんと葉月さんのことを心配していたみたいなんてす。おかげでボクもひと芝居打つことになりまして」


「私にはバレバレの芝居だったけど、一太郎は完全に引っかかってたね。多分、今職場で悶々としながら仕事してそう」


「ふふふっ、そうですねー。真面目な先輩のことですから、全速力でタスクをこなしているでしょうね」


「ははっ、確かにそうかもね。容易に想像できる」


 私と尊は共鳴したかのように軽く笑い合う。一太郎には悪いけれど、これがちょっといい薬になればいい。


 疑問があっさりと解けてしまったので、もう尊に警戒する必要もない。

 お茶だけのつもりだったけど、私は追加でケーキも注文することにした。


「……実は、もう一つ目的がありましてね」


「もう一つ? 一太郎にお金まわりを依頼すること?」


「いえ、それとは別にもう一つ。これは、完全にボクのエゴなんですけど……」


 尊はさっきよりも語気が弱くなった。

 おそらく、本当に秘密にしたいことなのだろう。


「ボクも、想い人にヤキモチを妬かせたいなーって思ったんです」


「ほほう……。尊の、想い人……。どんな人なの?」


「恥ずかしいので詳細は秘密です。……まあ、男の人ということだけ……」


「男の人かぁ……。それは、理解がある人なの?」


 理解がある人、それは男同士で愛し合っても構わないという人と言い換えてもいい。


 尊のような場合、受け入れてくれる懐の広い人もいれば、全く理解されないということもある。こればかりは人によるとしか言えないし、受け入れるのが善で拒むのが悪というわけでもない。結構センシティブなこと。


「うーん……。どうでしょうね。それがわからないから、一太郎先輩との2ショットを送って反応を試しているというか……。あっ、もちろん葉月先輩から一太郎先輩を奪う気もありませんから!」


「大丈夫大丈夫。なるほどねー。ちゃんとわかってくれて受け入れてくれる人だといいね」


「そう、ですね……。でも、望みは薄いかもなって思います」


 尊は少し寂しそうな表情を浮かべる。

 綺麗な顔をしているので、パシャリと1枚の写真に収めたらなかなか映えそうではある。


「割と身近な人なんです。ずっと一緒にいるけれど、多分受け入れてはくれなさそうで」


「ずっと一緒にいるのに?」


「ええ。一緒にいるからなおさらですよ」


 性別の壁を超えるのはそれほど難しいということなのだろうか。悲しそうな尊の瞳が先程より潤んできている。


「それに、ボクとその人が良かったとしても、周りがそれを許さなかったりしますから」


「そ、そんなことある……?」


「ええ。その人の家は厳しい家系で、女の子みたいな男なんてすぐに勘当されちゃいそうなところで……。ボクがいたら多分迷惑になっちゃうと思います」


 当事者同士が良くても、周りが許さない。そういうことだってあり得る。そうなってしまったならば、2人で過ごす居場所がなくなって、とても辛い思いをするに違いない。


 私は尊のその言葉を聞いて、冷や水を浴びさせられたような気分になった。

 自分が忘れかけていたことを思い出しそうになって、慌てて私はその感情に蓋を閉めた。これは考えてはいけない。


「だ、大丈夫だよ。一緒にいられる方法はいくらでもあるよ」


「……うん。だからボクはそれを信じて諦めずに頑張るつもりです」


 尊は重苦しい空気を嫌がったのか、この話はこれで終わりと切り替える。


「早く一太郎先輩の女性恐怖症を克服させて、葉月先輩は幸せになってくださいよ?」


「……うん、そうだね」


 私は端切れの悪い返事をする。


 ちょうどいいタイミングで、さっき注文したケーキがテーブルにやってきた。とにかくこのことは、甘いものでも食べて忘れてしまおうと思った。

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