第34話 性的少女
とりあえず尊は宿がないということで、我が家の空き部屋に泊めることにした。
恋敵にはなるかもしれないが、同時にビジネスパートナーであることも忘れてはいけない。一晩泊めるぐらいは甘んじて受け入れなければ。
尊がお土産にと高い和牛を差し出して来たので、何故か今は不思議な取り合わせの3人ですき焼き鍋を囲っている。
「はーい、完成ー」
「うわぁ! やっぱり葉月先輩はお料理も上手ですね!」
「いやいや、すき焼きは料理の腕前というより肉の良さで決まるから、私はなんにもしてないよー?」
「そんなことありませんって! 葉月先輩にこんな美味しそうなすき焼きにしてもらえるなら、わざわざ寄り道して和牛を買ってきて正解でした」
尊からのマシンガンのような褒め言葉に葉月の頬は緩む。
そのたびに僕の心の中ではモヤモヤとした気持ちが渦巻く。
思えば僕は恥ずかしさが勝ってしまっていて、尊のように葉月を大々的に褒めたことはなかった気がする。
葉月にはすでに返せないぐらいの恩があるはずなのに、何もしていない自分がさらに惨めだ。
かと言って、今から尊のようになるのは無理だ。不自然過ぎる。
スタートを切ったのは僕のほうが早かったはずなのに、すでに尊に差しきられているようなそんな気分だ。
「……どうしたの? 一太郎、すき焼き苦手だっけ?」
「えっ? い、いや、そんなことないよ? こ、こんなにいいお肉を食べることなんてないからちょっとぼーっとしちゃって……」
「ああー、わかる。いいお肉っていざ対面すると戸惑うよねー。本当にこの食べ方でいいのかなーとか、このぐらいの火の通り加減でいいのかなーとか」
「そ、そうだね。全然わかんないよね……、ははは……」
気まずさもあって、なかなか葉月と目を合わせられない。
せっかくのいいお肉なのに、僕は葉月と尊が気になってしまって全くその味がわからないままだった。
「そういえば私、明日お休みなんだけど一太郎はどう? ヒマだったりする?」
「あっ……、多分休めないかな……。今日臨時休業した分の仕事が溜まってるはず……」
「そっかー、あの親方も突然休業するからたまんないよねー」
葉月は少し残念そうな顔をする。
本当ならば2人で何処かに出かけたりしたかったのだろう。こういうときに融通が効かないのはもどかしい。
「それじゃあ葉月先輩、明日はボクと出かけましょうよ!」
「尊と……? でも、作家業が忙しいんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれです! 久しぶりに帰って来たわけですし、色々回りたいんですよね。葉月先輩が案内してくれるとめちゃめちゃ助かるなーって思いまして」
「まあそれでもいいかー。暇しちゃうと家で映画見てダラダラしちゃうだけだろうし。尊と出かけようかなー」
前のめりになって葉月のことを誘う尊。
してやったぜという感じで彼は僕に一瞬だけ視線をやる。
その瞬間、僕の中のモヤモヤした感情がピークを迎える。
でも何も言い出せない。明日の仕事はおそらく休めないだろうし、かと言って葉月に尊と出かけるなというのもおかしな話。
本当に葉月を尊に取られてしまうのではないか。そうなってしまったならば、僕は何を頼りに生きていけばいいのか。嫌な考えが頭から離れない。
「それじゃあ明日は葉月先輩とデートってことで!」
「デートねぇ……。まあ、そういうことにしておこうか。そうやってあんまり煽ると一太郎が妬いちゃうよ?」
「大丈夫ですよ! 先輩は大人だからそんなことじゃヤキモチなんて妬かないですって。ねえ先輩?」
いきなり話を振られて僕は慌てる。
僕に心の余裕は全くないのだけれども、ここで動揺している姿を見せるのは格好悪すぎると思って、僕は強がりをする。
「ま、まあ、この程度どうってことないし……」
「先輩もそう言っているわけなのでー。明日はボクと存分に楽しみましょうねー、葉月先輩」
葉月は半分笑って半分呆れたような表情を浮かべる。
明日、何事もなくまた食卓を囲っていることを、僕は祈るしかできなかった。
◆
翌日、僕は仕事へと出かけた。
ぎりぎりまで家を出るのを粘ったけど、そんなことには全く意味はない。
僕にできることといえば、なるべく早くタスクを終わらせて、早く帰ることだけだ。
仕事場につくと、丸1日放ったらかしにされていたせいでタスクが溜まっていた。
葉月のことが気になって仕方がないけれども、とにかく今はこれをなんとかするしかない。
心を無にして仕事へと取り掛かる。
昨夜から心の中はモヤモヤして仕方がなかった。
まさかとは思うけれど、葉月が尊になびく可能性だってないわけじゃない。尊のような女性寄りの中性的な人を葉月が好むかどうかはわからないけれど、生物学的に見たら2人は立派なオスとメスなのだ。
さらにその不安を煽る材料がひとつある。
葉月……ではなく新斗米もこの作品には、女の子同士の撮影だよと偽られ、蓋を開けてみたらお相手は男の娘でしたとドッキリを仕掛けられる作品があるのだ。
それを見たときに性的倒錯感に頭がバグらされた記憶があったけど、不思議と濃いのが出た。
……じゃなくて、葉月はそういうシチュエーションでもイケるということだ。尊が女性みたいな見た目をしていたとしても、決して油断ならないということ。
僕は、泣きそうになりながら必死でタスクをこなす。
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