第30話 負け戦

 ふと夜中に目が覚めた。

 時計を見ようと思ってスマホを探すのだが、ここで違和感に気がつく。


 身体が動かないのだ。

 まるで金縛りにあったかのように、目以外の部位が言うことをきかない。


 暗い寝室の中、聴こえてくるのは葉月の寝息――のはずなのだが、なぜか彼女は僕の視界の中にいた。


「あー、起きちゃったか。もうちょっとこっそりやろうと思ったんだけど、失敗失敗」


「は、葉月……!? 一体何をして……」


「んー? 夜這いだよ、よ・ば・い。眠ってる最中ならイケるかなって」


「イケるわけないだろう! てか、この金縛りみたいなのも葉月のせいなの!?」


 葉月はさあどうでしょうねといたずらっぽい表情を浮かべる。暗い部屋だけれども、ほんのり月明かりが差し込んでいてその表情はよく見える。


 身体が金縛りみたいになっている原因はさっぱりわからないけど、多分葉月が何かしら仕込んだのは間違いない。

 しかも不思議なことに、身体が動かないせいなのか葉月が近づいても発作が起きないのだ。


 まるで全身麻酔をかけられているかのようで、自分の身体が自分のものではないような感覚。

 葉月はこの状況を利用して、また僕に何かしら仕掛けようとしている。


「とりあえず布団をめくろっか。寒いかもだけどすぐにあったかくなるから心配しないでね」


「ちょっ、葉月!」


 葉月は僕にかけられていた布団をめくった。

 あお向け状態の僕に、葉月は覆いかぶさるように重なってくる。

 今までで一番近いところに、葉月の綺麗な顔があった。


「ふふっ、やっとこの距離まで近づけたね」


「そ、そうだね……。で、でも、これからどうする気なのさ……? 僕、一体何をされちゃうわけ?」


「それはねえー」


 葉月は言葉で説明するよりも行動で示したほうが早いということで、両手で僕の顔を手繰り寄せた。

 無論、僕と葉月は一気にゼロ距離になる。


 ふわっと唇が包まれる感覚に襲われた。

 予告なしでいきなりの接吻。それも、葉月とは初めての口づけだ。


 突然の出来事に僕の頭の中はビジー状態になる。

 この情報をどう脳内で処理したらいいのか、渋滞が発生していた。


 柔らかくて温かい葉月の唇は、ちょっとだけ湿っていてまるで採れたての果実のよう。

 頭を真っ白にしたままこの感触を永遠に堪能していたいなとぼんやり思っていると、葉月は追撃を仕掛けてくる。


「……!?」


 葉月の舌が僕の歯列をこじ開けるように入ってきた。

 まるで僕の舌先を探すようなその動きで、あっという間に脳ごと蕩かされてしまう。


 気持ちいい。ただ口づけをして舌を絡ませただけなのに、快楽物質が脳内で暴れている。

 衝撃的な感覚に、僕も葉月もただただ求めるだけ求め合う。


 思わず漏れるお互いの湿った声に、どんどん体温が上がっていくのを感じた。

 僕はもう正常に思考などできず、ぼーっとしはじめている。


「……どう? 気持ちいい?」


「気持ちいい……。もっと……、もっと欲しい」


「ふふっ。一太郎ったらずっと我慢してたもんねー。そりゃあ気持ちいいよねー」


 葉月は仕方がないなあと言ってもう一度僕の口を塞ぐ。

 まるでそれ自体が交合のようで、ただ無限に溢れ出てくる幸福感を受け止めるだけで僕は精一杯だった。


 口づけを交わしながら葉月は器用に僕の衣服を脱がしていく。

 寝間着のスウェットのズボンはあっという間に剥がされて、先程葉月が用意してくれたペアルックのボクサーパンツがあらわになった。


 いつの間にか葉月も自分自身のスウェットのズボンを脱いでいて、すべすべの脚があらわれる。

 僕とペアルックのパンツは、レースやサテン生地の派手な下着とは違って綿製のもの。ボクサーパンツをそのまま女性用の三角形にしたようなそれは、色気より生活感があって、これはこれで男心をくすぐってくる。


「ほら見て、柄がおそろだとなんかいいね」


 僕はふと目を自分の股間へやる。

 葉月は馬乗りの体勢で、僕のボクサーパンツに自分のパンツを当てがっていた。


 同じ柄の2枚のパンツは、ぱっと見で繋がっているようにも見えた。

 その姿は扇情的で、手足の自由がきくのであればすぐに主導権を自分のものにしようとしていたと思う。


「あれー? 一太郎ったらべろちゅーだけでこんなになっちゃったの? びっくりするぐらいパンッパンなんだけど」


「それは……その……、溜まってたから……」


 当たり前のように僕のモノは充血して腫れ上がっていた。パンツ越しにその形がわかってしまうぐらいで、葉月がそれを見て少しうっとりしている。


 ここまで来てしまったのだから、ひと思いに解放してくれという欲求でいっぱいになる。

 無意識のうちに鼻息は荒くなっていたのを、葉月は見逃さない。


「へぇー、やっぱりこういうの興奮するんだ」


「し、しないほうがおかしいでしょ」


「にしたって興奮し過ぎだよ? まだ私何もしてないんだよ? 一太郎ったら一体どんな期待しているのかな?」


「べ、別にそんな……」


 葉月特有の少しサディスティックな言葉が僕の心を揺さぶってくる。それだけでたまらなくなってしまった僕は、思わず痙攣のような反応をしてしまう。


「ふふっ、ちょっとピクってなった? やっぱり好きなんだね、意地悪されるの」


「そんな……、ことなんて……」


「好きって言ってくれないならやめちゃおうかな? 明日も早いからちゃんと寝ないとねー」


「ちょ、ちょっと待ってよ! ……す、好き、だから」


 僕は観念したのだが、桜庭葉月はここで手を緩めるような人ではない。


「好きって言われても、何が好きなのかよくわからないなあー。私のことが好きってこと?」


「そ、それもあるけど……、そうじゃなくて……」


「はっきり言ってくれないとわからないなあー。一太郎ならー、もっとわかりやすく言ってくれると思うんだけどー?」


 葉月は僕のマゾっ気を徹底的に煽ってくる。

 意地悪をされているはずなのに、僕の興奮は天井知らず。

 羞恥心よりもこのまま葉月の思うがままにされたい気持ちが上回り、僕は言葉をこぼす。


「は……、葉月に意地悪されるのが……、す、好き」


「ふふっ。よく出来ました」


 その瞬間に葉月が浮かべた不敵な笑顔は、多分人生で一番幸福感が得られた顔かもしれない。


 彼女も僕をいじめることに快楽を見出したのか、僕にあてがっている彼女の股からも、しっとりとした感触がする。


 自分が気持ちいいのはもちろんだけど、同時に葉月を気持ちよくしているという事実が、脳からさらなる快楽物質を引き出していた。


 一瞬気が緩んだ。

 そのスキを見逃さない葉月は、僕にまたがったまま腰をグラインドさせはじめる。柄の同じ2枚のパンツが擦れ合う音が寝室に響く。


 僕はこの時点でもう限界だった。

 葉月のグラインドが数往復したところで、あっという間に我慢の限界が訪れて、弾けるような感覚が僕の下半身を襲う。


 そして、それと同時に僕はぱっと目が覚めたのだった。


 ◆


 起き上がると、僕の身体は何不自由なく動いた。

 なんのことはない、スケベな夢を見ていただけだったのだ。


 隣では葉月が寝息を立てている。起きていた様子はない。

 あまりにもリアルなやり取りではあったが、どうやら本当に夢らしい。


 その証拠に、生ぬるい感覚があった自分の股間がどんどん冷えてきている。この感触は学生時代ぶりだ。あまり心地よいものではない。


 ……早く敗戦処理をしなければ。

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