第24話 笑い飯の2本目

 時計の針を見ると時刻は15時半ぐらい。

 居間でくつろいでいた僕と葉月は、なぜかテレビで日曜日恒例の競馬中継を眺めていた。


 ちなみに僕はお遊びで馬券を買ったことぐらいしかない。

 一方の葉月は付き合いで競馬場に行ったときにビギナーズラックが炸裂したらしく、それ以降は絶対に負けるからと言ってやっていないらしい。賢い手の引き方だと思う。


 今日はG1レースがあるらしく、競馬番組のキャスターやひな壇のお笑い芸人たちが予想で盛り上がっていた。


「……ねえ、いつも思うんだけどなんで競馬番組のキャスターのお姉さんってみんな巨乳なんだろうね?」


「さ、さあ……。視聴者層がおじさんばかりだから、男ウケいい人を選んでいるんじゃない?」


 もっともらしい答えを返す。葉月は「なるほど……」と納得した様子。


「やっぱり男はおっぱいなのかぁ……。わかってはいたけど」


「別に葉月なら、そんなに悲観するほどじゃないでしょ」


「うーん、確かに小さい方ではないとは思うんだけど……。あれに比べるとちょっと見劣りするかなって」


 葉月は競馬番組の女性キャスターに目をやる。

 確かに街ですれ違ったならば思わず2度見してしまいそうなインパクトがあった。

 目測では確実に葉月よりデカい。Fより大きいということは、G……、いや、HとかIもあり得るのかも。


 何十秒か釘付けになってしまってから僕は正気に戻る。


「ま、まあ、確かに大きいからインパクトはあるけど。それはただ目が行きやすいだけだよ」


「ふーん……。あくまで一瞬のインパクトだと」


「そ、そういうこと……」


 葉月はジトっとした目でこちらを見る。

 一瞬と言いつつ数十秒間見つめてしまっていたこともあって、上手い返しが見つからない。


「嘘つき」


 沈黙をつんざくように葉月がそう言う。

 怒っているような口調なのだけど、顔はちょっと楽しそうというか、いつものいたずらっぽい感じ。


 僕をからかうことを楽しんでいるかのような、その意地悪な葉月のSっ気に被虐趣味を刺激される。

 新斗米もこが作中でそうだったことに興奮したように、僕は女性に手綱を握られることが好きなのだと思い知らされる。


 葉月の次の言葉を、お預けを食らった飼い犬のように待っている僕がそこにいた。


「やっぱりそうだと思ってたけど、一太郎っておっぱいの大きさどうのこうのよりも、いじわるされる方が好きだよね」


「それは……、その、別にそういうわけじゃ……」


 心の中を見透かされたように葉月がそう言うと、僕は羞恥で頭が真っ白になる。

 こんな恥ずかしい話を言及してほしくない。でも、心の奥ではもっと辱めてほしいと渇望している。

 自己矛盾が生じて、頭の中はぐるぐると渦を巻く。この状態が僕はゾクゾクするほど好きなのだ。


 新斗米もこは作中でこういうやりとりを楽しんでいたけれども、あれはあくまでファンタジー。現実とは異なる。

 こんな変な性癖が葉月にバレたら幻滅されてしまうだろうか。

 いじわるされる事が好きでも、幻滅されるのはまた意味合いが変わる。塩梅が難しいのだ。


「ふふっ……、そういうとこカワイイよね。でも、いざというときには頼りになる感じ。そのギャップがすごくイイ、ゾクゾクする……」


「……葉月? 目がマジだよ?」


「マジな方が一太郎も好きでしょ?」


「それは……、その……」


 葉月の目は格好の獲物を見つけたハンターの目。

 どうやら僕の隠したいと思っていた趣味は、ジグソーパズルのピースのように葉月の趣味とかっちり合ったらしい‥

 こんなにぴったりハマることも珍しい。


 さっきまで距離をおいて座っていたけど、葉月は段々と詰めてくる。

 あれほどまでに見入っていた競馬番組のキャスターはもう目に入ってこない。それどころか、G1レースのやかましい実況ですら、今は環境音のひとつになってしまっている。


 童貞を殺すセーターにサイハイソックスとガーターベルト。

 聴覚だけでなく視覚からも十分な刺激が僕を襲う。


 性癖麻雀をしていたならばリーチをかけなくても倍満は確定しているような大物手だ。これは和了あがらないわけにはいかない。


 葉月は僕に近づいてくる。

 このドキドキが性的興奮によるものなのか、女性恐怖症の発作なのか、僕にはよくわからなくなってきていた。


 このまま勢いで葉月を押し倒し――いや、押し倒されて一線を越えてしまえば女性恐怖症なぞ一気に克服できてしまいそうな気もする。

 そうであればどれだけ楽であろうかなと思った矢先、急に僕の腹の虫が悲鳴を上げた。


 思いの外音が大きかったので、葉月はぷぷっと吹き出す。

 僕ら2人の間にあった淫靡な雰囲気は、突風でも吹いたかのようにどこかへ飛んでいってしまった。


「……ごめん、そういえばお昼何も食べてなかった」


「こういうタイミングで鳴らすあたり、やっぱり一太郎は『持ってる』ね。さすがだよ」


「褒められた気がしない」


 葉月は身体を起こして立ち上がる。

 雰囲気ぶち壊しな腹の虫のおかげで、ここは一旦お預け。


「じゃあそろそろ夕飯の買い物でも行こうか。一太郎、車出してくれる」


「あ、ああ、良いよ。でも葉月、その格好で行くつもり?」


「そんなわけないじゃん。これで買い物したら完全に痴女でしょ。そういうのはAVファンタジーの中だけにしときなよ?」


「どの口がそれを言うのか……」


 葉月は「確かに」と自嘲して、着替えのためにまた脱衣所の方へと消えていった。


 僕は彼女がいなくなったのを確認し、こっそりとポジション修正をする。膨張したり収縮したり忙しいので、定位置をしっかり確認してポジショニングをするのが紳士てある。男は男で大変なのだ。

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