第20話 下北哀歌
この間の一件で、そろそろ僕は一歩を踏み出さないといけないなと痛感した。
のんびりまったり女性恐怖症を克服していこうと最初は思っていたが、それでは協力してくれる葉月があまりにも報われない。せめて少しでも改善傾向が見えさえすれば、僕も葉月も嫌な思いをしなくて済むはず。
しかし一体どうしたらいいのだろうか。
僕にはどうアプローチすべきか皆目検討がつかないので、とりあえず中学、高校の同級生で医者をやっている友人に聞いてみることにした。
名前は
隣県の国立大学医学部を出て、今は青森の下北半島にある田舎の病院にいる。
好きな漫画は『Dr.コトー診療所』らしい。
ちなみに担当しているのは内科。本当は心療内科とか精神科医が望ましいのかもしれないけれど、他にそんなツテはないのでやむを得ない。
ダメ元で真へ電話をかけてお願いしてみると、返って来たのは意外な返答だった。
「アレルゲン免疫療法というものがある」
「あれるげんめんえきりょうほう?」
「アレルギーの原因となるもの――例えばスギ花粉症ならスギ花粉を少量ずつ身体に投与して、徐々に徐々に慣れさせるという治療法だ」
「……もしかして、それを女性恐怖症に当てはめて克服したらどうかって言う気か?」
真はなんのためらいもなく、「そうだ」と返す。
つまり彼が言いたいのは、発作でぶっ倒れない程度に女性に触れていくことを毎日繰り返せばいいんじゃないかということ。
傷口にあえて塩を塗ることでトラウマの克服が早まるだろうというのが真の見解だ。
あくまで内科医の見立てなので全くうまくいく保証はない。
しかしながら、他に僕から行動を起こしてアプローチできそうなことも無いのが事実。
葉月にも協力をしてもらって、なんとか実行をしてみようと僕は考えた。
「わかった。ものは試しということでやってみるよ」
「ああ、単純に興味があるから経過を教えてくれると助かる」
「……そこは医学的見地からのデータ収集とかじゃないんだ」
「専門外だからそんなことはしないさ。色恋沙汰の話なんて久しく聞いてないから、ちょっとそういうのに飢えているんだよ」
田舎に行くとどうしても若い人が少ないので、誰かの浮いた話とか、惚れた腫れたという話題がほとんど無い。
僕と葉月が付き合っていることすら、真には格好の暇つぶし材料なのだ。
バツイチの僕が言うのもなんだけど、真も早く相手を見つけたらいいのになんて思う。
医者だし、人当たりは良いし、少なくとも僕より顔は良い。
出会いさえあればと彼は言うけれど、なんやかんやでもう三十路だ。この調子でいったら、あっという間に四十路もやってくる。
また今度真と会う機会があれば、じっくりその辺のことについて話したいものだ。
「そういえば話は変わるけど、うちの
「義弟って……、
「多分一発でわかると思う。存在感が違う」
真の義理の弟である
そんな尊は今、なかなかに売れている作家をやっているのだとか。
僕が中学のときに所属していた放送部の後輩で、初めて見たときはまるで人形かと思うぐらいの美少年だったのを思い出す。
あれだけのキレイどころなら、確かに存在感が抜群だろう。久しぶりに会ってもすぐにわかるに違いない。
「こっちに来るってことは、帰省か何か?」
「いや、いわゆる『ワーケーション』ってやつだとさ」
「ワーケーション?」
「そう、休暇しながら仕事をすることらしい。作家だから仕事場所の制約がないしな」
それは果たして休暇と呼べるのだろうかと思いつつ、どこでも仕事ができる作家がちょっと羨ましいと思った。
税理士事務所務めの僕や、タクシー会社の事務である葉月には一生縁がなさそうである。
「色々仕事が立て込んでいたらしくて、ストレス溜めてたんだとさ」
「売れっ子作家は大変だねえ」
「だから一太郎から尊にネタを提供してやってくれ」
「……もしかして、そのために『アレルゲン免疫療法』の話を持ち出したのか?」
真はなんのことだとすっとぼける。
わざとらしい間のとり方なので、さすがの僕にでも図星であることぐらいわかる。
義弟とはいえ、真はとても弟思いだから、そういうことを言いだしたんだろう。
まんまと乗せられた感じはあるけれども、僕の女性恐怖症が改善して葉月との距離が縮まって、なおかつ尊のクリエイター魂を刺激するネタを提供できれば一石二鳥だ。
まったく、よくもまあ頭が回ること。
「……本当は、俺も尊に会いに行きたいんだけどな」
「会えばいいじゃないか。義理とはいえ兄弟なんだし」
「兄弟だからなんだよ。今あいつに会ったら、俺は……」
そこまで言って真は口ごもる。電話越しだけれども、真が尊への強い気持ちを持っていることがなんとなく伝わってきた。
僕はこれ以上の深入りはやめることにした。そうしてまた今度同級生を呼んで飲みに行こうと約束して電話を切った。
同窓会や飲み会は、男だけでやるとめちゃくちゃ楽しいのは全国津々浦々のあるあるネタだと思う。悲しいことに男はいつまで経っても心が少年のままなので、いくつになっても同じ話題で盛り上がれるのだ。
そんな楽しい飲み会なんて久しくやっていないから、いざみんなが集まったら楽しい以外の感情がなくなるのだろう。
電話を切ってからそんなことをぼーっと考えていると、両親が僕にリビングへ来るように呼び出した。
一体何の話だろうか。
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