第13話 3度の飯より4度の飯

 葉月に連れられてやってきたディーラーは、僕らの住む場所よりも街中にある。

 新車はもちろん、小綺麗な中古車まで取り扱っている、地元の大きなディーラーだ。有り余る土地に、色々な車が並んでいる。


「やっほー健太けんた、元気してるー?」


「健太……?」


 建物の中に入るなり、葉月は健太という名前を呼ぶ。

 僕は頭の中で、中学時代にそんな名前のクラスメイトがいたなあなんてのんきなことを思っていると、まさにその人物が奥から出てきた。


「元気もなにも相変わらずだよ。今日はどうしたんだ? 年次点検ならこの間終わったはずだけど?」


 スラッとした高身長のその男は、小綺麗なスーツを身にまとって忙しなくそんなことを言う。

 彼の名前は松岡まつおか健太けんた、僕や葉月とは中学の同級生。当時は野球部のエースピッチャーで、ものすごく速いボールを投げ込んでいたのが記憶に残っている。


 そんな彼がスーツを来てここにいる、それはつまりディーラーで営業マンをやっているということだ。体力勝負と名高い営業の仕事は、彼と相性が良いのだろう。


「今日はね、新しい顧客カモを連れてきましたー」


「カモって……、そんな人聞きの悪い……」


 僕が小さくぼやくと、健太と目があった。

 そこで彼は僕が誰であるかやっと気づいたみたいだ。目と口を開いてわかりやすく驚きはじめる。


「おお! もしかして一太郎!? いやー、めちゃくちゃ久しぶりだな! 元気にしてたか?」


「や、やあ久しぶり。おかげさまで元気だよ」


 健太は久方ぶりの再会に感激したのか、僕の手をとって神社のガラガラ――本坪鈴ほんつぼすずのように振り回す。

 その様子を見た葉月は、ちょっとだけ羨ましそうな顔をしていた。仕方がない、まだ僕は彼女と触れ合うことができないから。


「へぇー、一太郎と健太って意外に仲良いんだね」


「そりゃあ中学のとき3年間同じクラスだったし、身長も近かったから体育のときに2人組されること多かったし、何より一太郎には何度もノート見せてもらったしな!」


 健太は大きな声でそう言う。

 3度の飯と野球がとにかく好きだった彼は、テスト前になると必ずと言っていいほど僕に泣きついてきた。

 その度に僕は彼にノートを見せたり勉強を教えたりしているうちに、それなりに仲良くなったのだ。


 確か葉月と同じ高校に行って野球を続けていたはず。今でも草野球か何かをやっているのだろう。彼の肌は日に焼けていて健康そうに見える。


「あれ? ということは一太郎、こっちに戻ってきたのか? 東京で働いているって聞いてたけど」


「まあそんな感じ。いろいろあって実家に出戻りだよ」


「そうなのかー! いやー、中学の同級生とかみんな都会に出て行っちゃうから、こっちに戻ってきてくるのは嬉しいよ!」


 健太は嬉々としてもう一度僕の手を握り揺さぶる。

 彼の言うとおり、高校を卒業したら地元から出ていってしまう同世代はとにかく多い。

 地元に残っている健太からしたら、僕みたいに戻ってきてくれる人間がいるのはとても嬉しいことなのだ。


「んで、一太郎は帰ってきたばっかりで車がないから、健太に見繕ってもらおうと思って今日はやってきたわけ。デートを切り上げてね」


 そう葉月が言うと、健太は交互に僕と葉月を見る。

 デートを切り上げてやってきたという事実に、どうやら彼はびっくりしたらしい。健太の表情には驚きの波が訪れ、その波が去ったあと、今度はニヤニヤの波がやってくる。


「ほほーん、なるほどそういうことか。それなら任しとけ。ばっちり丁寧に対応させていただくぜ!」


「ははは……、よろしく頼むよ……」


 僕と葉月の関係性を察されてしまって、なんだか気まずい。

 そんな苦笑いを浮かべる僕は、営業マンの健太にとって格好の獲物なのだろう。お仕事スイッチの入った彼は、グイグイと押してくる。


「そんじゃ、こんなところで立ち話もなんだし、奥のテーブル席へ案内するよ。葉月もどうぞ」


「ううん、私はいいや。ここは男同士で腹を割って話してちょ」


 てっきり僕は葉月がこの大きな買い物に着いてきてくれるとばかり思っていたので、いきなりの突き放しっぷりに驚く。


「えっ、葉月は来てくれないの? ここに連れてきたくせに?」


「だって車の購入ってオトコのロマンみたいなものじゃん? 私がいたら買いにくいかなーって」


「そ、そんなことないと思うけど……?」


「いいからいいから。私は近くにある友達のお店でお茶してるから、健太といちゃいちゃしてなよ」


 葉月は意地でも一緒に車選びをしたくはないらしく、じゃあねと言ってお店を出ていってしまった。

 もしかしてちょっと拗ねてしまったのかなと思うと、若干心が痛い。


「全く、葉月って本当にマイペースだよな。一太郎は苦労してないか? 結構あのテンションについていくの大変だと思うぞ?」


「い、いや、全然そんなことないよ? むしろ助けられているばっかりというか」


「本当か? まあいいか、パッと見た感じ仲は良さそうだし。せっかく来てくれたんだ、ここは男同士、ロマンのある商談をしようじゃないか」


「う、うん……。そうだね」


 僕は椅子に腰掛ける。程なくして砂糖とミルクが添えられたホットコーヒーがやってくると、ブラックのまま一口すすった。


「それで、商談の前にちょっと訊きたいことがあるんだけど」


「な、なんだい……?」


 健太はこれまでにないぐらい真面目な表情で僕の目を見つめながら、「訊きたいこと」を口にし始めた。

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