(11)

「俺もよう……顔が割れちまってるんで、せっかく熊本に来たのにロクに観光地めぐりも出来やしねえ。何せ、商売敵しょうばいがたきの地元に居るのがバレたら、余計なトラブルを背負い込む事になる」

 久米銀河は、仕出しで取った馬刺しと牛のタタキの大皿を、たった1人で、あっと言う間にたいらげた。

 どうやら、ヤクザってのは芝居のセンスが無いと成功出来ねえ、ってのは本当だったらしい。

 酒を飲みながらツマミを食ってるだけで、周囲まわりに居る奴を敵味方関係なしに威圧出来るんだから。

 続いて、地元の銘柄鶏の丸揚げを骨ごとバリバリ。

「は……はぁ……」

「いやあ、駅から、ここに来るまで大変だったぜ。安売り店で買ったダセえパーカー着て、安いドラマに出て来るスーパーハッカーか何かみてえに、フードで顔を隠して、いじけまくったような感じで下の方を見ながら、外を歩いてたんだぜ」

「は……はい……た……大変ですね……」

 俺達が人質になったせいで、呼び出された「社長」は……完全にキョドってる。

「ところでよう……。あんたが、やろうとしてる『魔法使い同士のプロレス』は面白そうだな。出資させてもらってもいいか?」

「えっ?」

 おい……馬鹿社長。何、嬉しそうな表情かおしてやがる?

 ヤクザなんかと手を組んだら……骨までしゃぶり尽くされ……ん? 待て。

 今の俺達に、しゃぶり尽して黒字になるほどの「骨」なんて有ったか?

 変だ。

 おかしい?

 こいつらの「本当の目的」は何だ?

「はい、喜んで。御期待に沿えるように頑張ります」

「なぁ、あんたらも、そこの若い衆がやったヤンチャを大目に見てもらえねえか? この社長さんがやろうとしてる事業の収益の一部を受け取るって条件でな」

 そう言って久米は、俺を指差した。

 おい、待て、「若い衆」ってヤクザ用語だろ。

 俺は誉められた人間じゃないのを自覚してるが、ヤクザほどタチが悪い訳じゃねえ。

「ま、他ならぬ久米のオジキに仲裁してもらったんで、おい達は異存とか無かです。恨みは水に流します」

 マズい。完全にマズい……。

 この社長のやろうとしてる商売は……本日・ただ今・この瞬間、事実上、ヤクザに乗っ取られた。

 早く逃げねえと……「九州トップ3の暴力団の1つが壊滅する」なんて、とんでもねえ奇跡でも起きない限り……一生ヤクザと手を切る事が出来なくなる。

 たすけてくれ……。

 俺の思いになんざ気付く事も無く……社長は、久米が用意した契約書にサインをしていた。

 最早、何の心配事も無くなった、って脳天気な表情かおで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る