第29話 古びた宿屋

「おい!そんなこと言うんじゃない!」と

その男の子にゲンコツをする青年。

「悪かったよ、謝るよ。ごめん、へレス」

と素直にあやまる男の子。


「絶対お願いする!朝早く起きて

 仕事するからっていうもん!」と

道場を走って出ようとするが

出口の所で反転し、深々と礼をし出て行った。


残った青年たちは

「しかし、すごかったなぁ、ユウキさん。」

「それに装備もなんかオシャレだったなぁ。」

「そうそう、首に巻いた紫色のネックストール。

 アレもかっこよかったなぁ」

「アレ多分、すっごい魔法とか付与

 されてるんだろうなぁ」

とジェニエーベルのことを話題する。



二人は宿屋の前に来ると

「どうです?立派でしょう。

 この街では1,2位を争うほど

 立派な宿屋です」と威張る族長。


「なんか、立派すぎて泊まれないなぁ」

そう言うとジェニは歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってください」と

後をついて行く族長。


ユウキは少し裏路地っぽい所に入っていく。

「この辺りは下級の冒険者とかが

 止まるようなトコしかありませんよ?」

と族長は言うが・・・。


少し歩き、何軒か宿屋があった。

その中に古びているが、

丁寧に掃除がされている扉を構える

所にジェニエーベルは立ち止まる。


「あ、ここでいいです」とジェニ。

「あぁ、ここならお勧めです。

 古いですが綺麗な所ですよ。でも

 いいんですか?」と族長。


「因みにユウキさんが弓を借りた女の子。

 あの子の家です」とも族長は言う。


「ははは、じゃあなおさらココだ」とジェニ。

そう言うと扉を開け入っていく。


「一週間ほど泊まりたいんだが」と笑顔で言う

ジェニエーベル。

「いらっしゃい、おひとり?」と受付の女将が

言うが後ろの族長に気が付く。

「あら、族長。こんな所に何の用?」と

笑いながら声をかける。


「ウォッカ様の客人だ。よろしく頼むぞ。」と

ジェニエーベルを紹介すると

「え!ウォッカ様の!?だったらもっと

 立派な所に連れて行きなよ!

 あんたバカなのか?」と族長に向かって言う。


「いえ、俺がここがいいと言ったんです」と

苦笑いするジェニエーベル。

「ユウキで1週間お願いします。代金は

 前払いしときます。食事もお願いします」と

笑顔で言う。


「あんまり期待しないでね?親子二人で

 やってるので」と少し困惑する女将。

が、女将は大きく目を見開く。


「!あんた、いや貴方のその

 ストール・・・!いや何でもない

 ・・・です。」と言うと涙が頬を伝う。


涙を隠すように後ろを向き涙を拭く。


「じゃあ銀貨2枚です」と言う。

「安くて助かります」とジェニは言うと

「それ相当の事しかできないんです、

 期待しないでくださいね」と俯きながら女将。


族長はよそ見をしていて

気づかなかったが

ジェニエーベルは女将がストールの事を

言いかけてきた時から少し喋り方が

丁寧になった事を気づいていた。

そして涙を流した事も。


ジェニエーベルはストールを外し

アイテムボックスに入れた。そして

笑顔で女将に繰り返すように名前を言う。


「ユウキと言います。1週間

 お願いします。部屋は二階の?」と

ジェニエーベルは言う。

「二階の突き当りの右側でいいですよ。

 窓も2か所ありますので何かと

 便利ですし」と少し俯きながら女将は言う。


「気を使ってくれてありがとう」と

ジェニは言うと2階に上がる。


それを見送り女将は族長に

「こんな安宿に止めてどうすんのよ。

 何かあったらどうすんのよ・・・。

 一人でこんな所に・・・。」と。


「あぁ、ウォッカ様の客人だからなぁ。でも、

 ユウキさんがここがいいって言うし!

 1人も何も1人だったぞ!来た時から」と

族長も反論する。


女将は少し思案し

「ユウキさん・・・。」と少し含む。


「なんで奥の部屋を案内したんだ?」と

族長は言うと

「そりゃ、ああいった人は奥の窓部屋の

 方がいいのよ」と女将。


じゃあよろしくと族長は宿を出て行く。

入れ替わりで女の子が入ってくる。


「ただいま!おかあさん!今日ね!

 凄かったんだよ!」と興奮して話す。

「どうしたの?へレス。

 そんなに慌てて」と優しい

 微笑みで聞き返す女将。


「もうね!ユウキさんていうの!弓が

 凄いの!私の弓を使ってね!

 もうダダダダダって感じで連射するの!

 明日ね!教えてくれるって!」と言うと


「お母さん!お願い!朝早く起きて仕事する!

 夜もするから!練習行かせて!」と。


女将はへレスに

「今日から一人お客様が1週間くらい

 泊る事になっててね、その人の面倒を全部

 あなたが見るなら練習行ってもいいわよ」

と言うと、へレスは鼻息荒く

大きく何度も頭を縦に振る。


「じゃあ早速、奥の右の部屋だから

 食事の準備があと30分で出来るので

 そう言ってきて?」と笑いながら女将は言う。


へレスは扉を叩き

「お客様、あと30分で食事が出来ますので

 そしたら降りてきてください!」と元気よく

大きな声で言った。


「あぁ、ありがとう、わざわざ」と中から

声がする。

どこかで聞いた声に反応するへレス。

(ユウキさんだ!お客様はユウキさんだ!)

と心の中で呟き、興奮する!

そしてもう一度大きな声で言う。


「1週間、面倒を見るへレスです!

 何かあったら呼びつけてください!」と

言うと扉に向かって大きく礼をする。


「じゃあ早速だけど、女将さんに

 30分後に降りてきますと、

 言ってたって伝えてね」と優しい声が聞こえる。


「わ、わかりました!」と返事をする。

そして階段を降りると

「大変だ!母さん!お客様が

 ユウキさんだった!30分後に

 降りてくるって!」と興奮して言う。


「あら、何赤くなってるのよ」と笑う女将。

「お母さんもなんか涙ぐんでるじゃない!」と

へレスは言うと

「目にゴミが入ったのよ」と女将は言うと

「食事は一緒に作るわよ?」とへレスに言う。


「他のお客さん来なかったらいいのに。

 ユウキさんだけ相手したいなぁ」とへレス。


「そんな事になったら

 宿が潰れちゃうじゃない。

 お客さんは沢山来た方がいいのよ?」と

女将はへレスの頭をコツンとする。


しかし

宿の扉には「満員」という掛札が

いつの間にか、下がっていた。













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