第12話 回復弓師のロドリゴ

 ロドリゴへの声かけは完了し、早速加入のための交渉を、と思ったところで、ふとロドリゴがかつての仲間を振り返った。


「あぁ、そうだレアンドロ、それ」

「な、何だっ!?」


 声をかけながら指差すのはテーブルの上、先程レアンドロが叩きつけたパーティー追放の書類だ。

 既にレアンドロの名前は署名されている。これが窓口に出されて受理されれば、晴れてロドリゴは「跳ねる鹿チェルヴォサルタ」から離れて一人パーティーだ。

 いっそ屈託のない笑顔でにっこりと笑いながら、ロドリゴが書類を取り上げる。


「もうサインは済んでいるんだろう? 出してきてあげるよ。あそこまで言っておいて、今更引き留めるなんて無様はしないよね」

「ぐぐ……」


 レアンドロも、あれだけ自分が言った手前で引くに引けなくなったらしい。書類を奪い取ることはしないものの、憎らしそうにエレンを睨みつけながら言い放った。


「畜生、この犬っころが! 狙いすましたかのようにかすめ取っていきやがって!」

「何とでも。どうせ追放したのはそっちが先なのは変わらないわ」


 しかしエレンもS級冒険者の一員、こんなことを言われて萎縮するような性格はしていない。ツンと黒い鼻先をよそへと向けながら、ロドリゴの肩にしがみついたまま言い返した。

 そのまま俺達は事務受付カウンターへ。ロドリゴが洒脱な仕草で受付の女性スタッフに声をかける。


「お嬢さん、いいかい? これの手続きをお願いしたい」

「ああ、はい。さっきの騒ぎですね。ありがとうございます」


 事務受付カウンターの目の前で行われていたあの騒動、もはや何を説明するまでもない。あっさりとスタッフの女性が書類を受け取る。

 それを確認して、ロドリゴはカウンターに背を向けた。ニヤリと笑いながら、肩にしがみついたままのエレンの鼻をつつく。


「それで? Sランクの『ガッビアーノ』からお声がかかるとは光栄だが、どういう風の吹き回しだい、一匹コボルトのエレン」


 彼にまでそう言われるということを考えると、今回のエレンの行動は明らかに今までの彼女からは逸脱している、ということだろう。一匹コボルトなる異名でも分かる。そう問いたくなる気持ちも分かる。

 果たして、エレンは自分の鼻を触った指を手で退けながら、これまたニヤリと微笑んだ。


「言葉通りの意味よ。あたしは優秀な治癒士ヒーラーを必要としている。あなたならあたしや彼にもついて来れるという確信があるわ」

「彼?」


 そう言いながら俺の方に手を伸ばしてきたエレン。ようやくここで、俺に話が振られたわけだ。

 ロドリゴが俺の姿を見て目を見開くのを確認して、俺は自分の胸に手を当てて自己紹介する。


「直接話をするのは、これが初めてになるかな。元『噛みつく炎モルデレフィアンマ』の戦士ウォリアーA級、ライモンド・コルリだ」

「ああ、あの」


 俺の名前を聞いて、すぐにロドリゴは俺のことを把握したらしい。ポンと手を打ってから、エレンの身体を持ち上げて俺に渡してくる。

 俺がエレンの身体を抱きかかえるのを見てから、肩をすくめてロドリゴが話す。


「黄金魔獣に呪われた戦士と、鴎を冠する子犬人コボルトの魔法使いの組み合わせか。確かに、並みの治癒士ヒーラーじゃ荷が勝ちすぎる」

「でしょう? あなたの弓なら、動き回るあたしにも、前衛で暴れる彼にも治癒ヒール付与エンチャント当てられる・・・・・はずよ」


 ロドリゴの発言にエレンもこくりとうなずいた。

 言われたとおり、並程度の実力の治癒士ヒーラーでは無論のこと、並の手法で魔法を使う治癒士ヒーラーでは、俺とエレンの回復は無理だ。ロドリゴのように、遠距離からでも的確に強烈な治癒魔法を当てられる治癒士ヒーラーでなくては。

 自分がスカウトされたことに納得した様子で、ロドリゴが腕を組む。


「なるほど、なるほど。ちなみにパーティーの最終目標は、やはり頑健王がんけんおうの首かい?」

「もちろんよ。冒険者として、偽王ぎおうの首を狙いに行くのは当然でしょ?」


 ロドリゴの問いかけにエレンもすぐさまうなずいた。やはりギュードリン自治区の冒険者、魔物であろうと現在の魔王、頑健王ヘイスベルトには敵対する姿勢を取るらしい。偽王ぎおうはギュードリン自治区の魔物が使う魔王への蔑称、エレンも頑健王への敬意なんて当然持ち合わせていないようだ。

 実際、もう討伐まで秒読み。討伐隊に名乗りを上げたいのはどの冒険者でも一緒ということだ。


「まあ、もうそろそろ討伐依頼の発令もある頃だしな」

「そうであるな。吾輩も実際に顔は見たことがないが、殺すには充分であろう」


 俺が腰に手をやりながらこぼすと、ディーデリックも話に乗っかってきた。

 ヘイスベルトは魔王として就任してから二年も経っていない。元は大陸南東部に住む野良の魔物だったという話だから、反対の位置にあるヤコビニ王国にこもりきりのディーデリックでは知らないのも無理はないだろう。

 と、そこでディーデリックが口を挟んできたのが意外だったらしい。ロドリゴが目を見開きながらディーデリックの口の中を覗き込んできた。


「へえ、ライモンド。君は黄金魔獣に喰われるどころか手懐けてしまったのかい?」


 面白そうな顔をして俺の着ぐるみの中を覗くロドリゴに、俺は苦笑を返す他ない。


「手懐けてなんていないさ、気まぐれに助けられただけだ」

「不遜なことを言うでないわ、弓師ゆみし。こやつが生きるも死ぬも吾輩の手の内、吾輩の慈悲で生かされているに過ぎん」


 ディーデリックも「手懐けられた」という表現が気に食わなかったらしい。フンと鼻を鳴らして言い返すも、ロドリゴに手を出す様子はなかった。

 果たして、俺とディーデリックの言葉が決め手になったらしい。ロドリゴが俺とエレンに手を差し出してきた。


「分かった、いいよ。君達となら面白い旅が出来そうだ」

「ありがとう、これからよろしくね、ロドリゴ」

「よし、これで話はまとまったな」


 その手を俺が握り、エレンが手を添え。軽く揺らして握手する俺達だ。これで、仲間として引き入れるのには成功したわけだ。

 となれば、後は事務手続きである。俺の腕の中で手を上げたエレンが、カウンター内で様子を見ていた女性スタッフに声をかける。


「ということで、アデリーナさん。この二人のパーティー編入の手続き、よろしく」

「はーい、了解です。それじゃあライモンドさんにロドリゴさん、所定の書類に記入をお願いします」

「分かりました」


 エレンの言葉にうなずいたアデリーナなる女性スタッフが、俺とロドリゴに書類を出してくる。パーティー編入のための書面だ。

 内容を確認し、加入先パーティー名の「ガッビアーノ」と俺の名前を記入する。書けたところで、それを差し出す先はアデリーナではなくエレンの方だ。


「書けたぞ」

「僕も問題ないよ。あとはエレンのサインが必要だったね?」


 ロドリゴも書き終えたとのことで、書面をエレンに差し出した。果たして、俺の腕から抜け出したエレンがカウンターの板面に飛び乗る。


「そうよ、二枚とも貸して」


 俺とロドリゴがカウンターの上に書類を置くと、エレンが硬筆を手に取った。彼女が自分の名前を、硬筆を抱えるようにしながら書くと、書き上がったそれをアデリーナに差し出す。

 二枚ともが受理されたのを確認して、エレンがパンと両手を打った。


「はい、オッケー。これで二人は晴れて『ガッビアーノ』の一員ってわけ。これからよろしくね」

「ああ、よろしく」

「よろしくお願いするよ、ライモンド、エレン」


 これで無事、俺とロドリゴは「ガッビアーノ」の一員、エレンとロドリゴとはパーティーメンバーだ。「虎の爪アルティリオティーグレ」の活動期間は短かったが、この先のことを考えると仕方がない。

 と、カウンターを離れようとした俺達の背中に、アデリーナから声がかかった。


「あ、ライモンドさん、それと」

「ん? なんだ?」


 呼び止められて振り返った俺に、差し出されるのは小さな木箱だ。ヤコビニ王国の国章が印字されている。

 その蓋を開きながら、アデリーナが俺に満面の笑みを見せた。


「今日のお昼に届きました。おめでとうございます」

「えっ」


 その箱の中身を見て、俺は思わず声を上げた。

 楕円形をした金属製の薄板、冒険者の身分証明用のタグだ。しかし、素材が明らかに並みの金属ではない。

 七色の光沢を・・・・・・放っているのだ・・・・・・・。俺も噂にしか聞いたことがなかったが、神の金属と謳われるディアマンタイト製だ。

 これを贈呈されたということは、つまり。

 箱の中を覗き込んだエレンとロドリゴも、揃って驚きの声を上げる。


「わ、すごい。ディアマンタイト製のタグ」

「X級認定されたのか、すごいな」

「うわ……」


 そう、冒険者の中でも最高峰であることの証、X級冒険者に認定されたのだ。俺が。

 S級を飛び越してX級になってしまうとは、全くもって予想外だったが、いざこうしてなってみると、やっぱりこうなったか、という思いもある。

 冒険者として行き着くところまで行ってしまったことに若干引きながら、俺は七色に輝く金属のプレートを手に握るのだった。

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