第11話 達成報告と争い事

 俺とエレンを乗せた乗合馬車が王都ジャンピエロに到着したのは、日を跨いで夜中の1時になろうという頃だった。

 そこから宿屋で一休みして、翌朝。朝食を終えた俺達はジャンピエロの中心部に位置する、冒険者ギルド本部の前に来ていた。


「よし、着いたぞ。ここがヤコビニ王国の冒険者ギルド本部だ」


 俺が見上げるのは、世界でも最高峰の魔法建築の粋を集めた三階建ての美麗な建物だ。ヤコビニ王国でも五指に入る立派な建造物の中に、この国の冒険者にとって必要なものが全て集まっている。

 色とりどりに輝くステンドグラスの下をくぐりながら、ディーデリックが小さく唸った。


「なかなかどうして、壮大な建物ではないか」

「さしものノールデルメールも、王国最高峰の魔法建築には舌を巻くのね」


 彼の言葉に、この本部にしょっちゅう出入りしているエレンが笑う。称号の方で名を呼ぶということは、この着ぐるみの魔物も彼女にとっては尊敬の対象らしい。

 すると、俺達の姿を認めたギルド入り口の受付スタッフの女性が、こちらに気付いて声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。ヤコビニ王国冒険者ギルド本部へようこそ……あら、エレンさん」

「お疲れ様、ブリジッタさん」


 エレンがさっと手を挙げて、ブリジッタと呼びながらスタッフに声をかける。やはりと言うか、ほとんどのスタッフとは顔見知りのようだ。

 果たしてブリジッタの側も、エレンの隣に立つ俺を見て目を見開く。


「エレンさんがどなたかと一緒にギルドにお越しになるとは珍しいですね」

「依頼の帰りに一緒になったの。これからは仲間よ」

「へえ! あの一匹狼ならぬ一匹わんこだったエレンさんが!」


 俺の脚に片手を置きながら笑うエレンの言葉に、ブリジッタがますます目を見開いて両手を打った。確かに今までエレンも単独パーティーだったわけだが、それにしたって一匹わんことは。物は言いようである。

 一匹わんこ呼ばわりに、エレンが腕を振りながらぷくっと頬を膨らませた。


「一匹わんこはやめて、って言ってるでしょ! 行きましょ、ライモンド。依頼の達成報告しなくちゃ」

「あ、ああ」


 ぷりぷりと怒りながら、エレンが俺の手を引いた。手を引かれるがままにやって来たのは依頼受付カウンター、どうやら先に受けていたクエストの達成をするらしい。

 カウンターまで来ると、エレンがぴょんとジャンプしてカウンターに飛び乗った。中で作業している女性スタッフの名前を呼ぶ。


「ルイージアさーん」

「あらエレンさん、お疲れ様です。こないだの依頼の達成報告ですか?」


 ルイージアと呼ばれたスタッフが、カウンターの上のエレンを見て顔をほころばせる。はたしてエレンが、アイテムボックスの中に入れたものを取り出すために虚空に手を突っ込んだ。


「うん、無事に終わらせてきたよ。はいこれ、討伐完了証明の角」

「ちょっ」


 その中から飛び出してきたのは巨大な角だ。明らかにドラゴン・・・・の角である。俺が先日相手をした地竜テラとは、比べ物にならないほどの大物である。

 思わず声を漏らした俺を差し置いて、角を受け取りながらルイージアがこくりとうなずいた。


「はい、確かに。これでアモーレ高原の雷竜サンダードラゴントゥーニス討伐依頼、達成ですねぇ。よく頑張りました」

「ちょっ、撫でるならせめて一言言ってからって、いつも……クルルル……」


 角をカウンターの内側にしまいながら、ルイージアがエレンの頭を優しく撫でる。その手つきはペットの犬を褒めるかのようだ。エレンもあれこれ言いつつも、何だかんだと喉を鳴らして目を細めている。

 嬉しそうだが、さすがにそのままにはしておけない。


「エレン、喉が」

「あっ、つい」


 軽く声をかけると、ハッとしながらエレンはルイージアの手を押しのけた。こういう反応を見ると、やはり小犬人コボルトなんだな、と思ってしまう。

 エレンの反応を見てにこにこしながら、ルイージアが彼女を見て話す。


「可愛いですねぇ。素材はいつものように、全部他のパーティーが?」

「うん。あたしじゃ運べる量にも限界があるし。討伐証明の角だけあれば十分よ」


 問いかけに、エレンがこくりとうなずいた。

 確かに雷竜サンダードラゴンともなると、一つ一つの素材が大きく重たい。魔物は人間と違って、道具収納のスキルを持っているケースが少ない。持っていたとしても1か2が精々で、冒険に必要なキャンプ用品や素材回収用のナイフ、食料と水袋、財布を入れたら素材が一つ二つ入れられるだけ、というケースもままあるのだ。

 だから、魔物の冒険者はなかなか大量に素材を確保して持ち歩けない問題がある。エレンも例に漏れず、道具収納のスキルは1レベル。討伐証明の角をしまうだけで精いっぱいだったようだ。

 エレンの言葉を聞いて、ルイージアが報酬袋を差し出す。中には銀貨がたくさんだ。


「了解です。じゃ、これが依頼達成報酬です。7,500ソルディ、ご確認ください」

「ありがとう」


 報酬袋から財布に銀貨を移して、エレンが礼を述べながらカウンターから飛び降りる。しかし7,500ソルディとは、結構な報酬額だ。それを一人で総取りできるのだから、彼女の能力が伺える。

 しかもアモーレ高原の雷竜サンダードラゴントゥーニスは、文句なしのXランク。100年以上生き延びてきたと言われる強敵だ。あまりに強すぎるせいでアモーレ高原には街道を通せないと、昔から言われてきたものだ。


「アモーレ高原の雷竜サンダードラゴン……また、随分な大物を相手にしていたんだな」

「名はトゥーニスだったか。かなりの古強者であったと記憶しているが……そうか、あやつも遂に死んだか」


 俺とディーデリックがしみじみと、遠い目をしながら言葉をかけると、財布をアイテムボックスにしまったエレンが上腕を見せつけるポーズで笑った。


「5パーティーくらいで合同で挑んだわ。結構苦戦したけれど、死人は出さずに済んだわよ」

「はー……」

「なかなか……剛毅ごうきであるな……」


 その言葉に、俺もディーデリックも驚嘆を通り越して感心するしかない。トゥーニスを5パーティーで相手取るという時点で頭がおかしいのに、そのうち1パーティーは単独。よくもまあ、それで死者を出さずにやり遂げたものだ。

 感心して完全に足を止める俺に、エレンがくいくいと手招きをする。


「ま、そこは追々ね。ほら、次はあたしのパーティーへの編成手続きを――」


 次はパーティーへの編成のために事務受付カウンターだ。俺の「虎の爪アルティリオティーグレ」は先の依頼達成でCランクに上がったとはいえ、Aランクに戻すにはまだ時間がかかる。それだったらエレンの「ガッビアーノ」に編成してもらった方が、何倍も楽だ。

 そして俺が一歩足を踏み出したその瞬間、ギルドの1階に大きな音が響いた。誰かが殴られるような音と、激しく床に倒れ込む音。


「びゃっ」

「なんだ、揉め事か?」


 あまりの音の大きさにエレンが飛び上がる。彼女をそっと抱き上げながら、俺は音がした方に顔を向けた。

 見れば、事務受付カウンターの前あたり。床に転がって頬を押さえている弓を背負った男性が一人。その男性をにらみつける、拳闘士グラップラーらしき大男もいる。


「もう我慢ならねえ! ロドリゴ、お前は今日付けでクビだ!!」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」


 拳闘士グラップラーの男性が、ロドリゴと呼ばれた男性に指を突き付けながらわめいた。ロドリゴの方はというと、殴られて頬を腫らし、鼻血まで出しているというのに飄々とした物言いだ。

 俺も彼らのパーティー名は知っている。このヤコビニ王国に所属する冒険者パーティーでも上位に位置するSランクパーティー、「跳ねる鹿チェルヴォサルタ」だ。


「あれは……」

「『跳ねる鹿チェルヴォサルタ』だわ……やだ、あそこで倒れているの、ロドリゴ・インザーギよ」


 そう、殴られて倒れた男性、ロドリゴ・インザーギの話は俺も聞いたことがある。弓を背負っているが決して弓使いアーチャーではない、と。


「ロドリゴ・インザーギ……治癒士ヒーラーなのに弓を使う、味方を矢で射って・・・・・回復させるっていう、あいつか?」

「そうよ。回復量はすごいし、味方がどこにいても的確に回復させてくるんだけど……」


 俺が確認のために問いかけると、エレンはこくりとうなずきながら返してきた。

 「跳ねる鹿チェルヴォサルタ」のS級治癒士ヒーラー、ロドリゴ・インザーギはヤコビニ王国の中でも特に有名だ。回復魔法はレベル10まで修め、付与魔法も高レベルで扱い、INT知力の高さは王国内でも随一、初級魔法の治癒ヒール戦士ウォリアーHP体力を半分以上回復させてくるほどの回復量は、近年の治癒士ヒーラーでも抜きんでていると言われる。

 しかし彼の最大の特徴はその武器と、武器を用いた魔法の使用方法にある。

 一般的な治癒士ヒーラーは杖を用いて、その先端を相手に向けたり押し当てたりして治癒魔法を用いるが、ロドリゴは武器として弓を扱う。そしてMP魔法力を矢に変換して放ち、それをぶつけることで回復を行うのだ。

 つまり、患者は矢に射抜かれることになる。結果、痛い。


「酷いなぁレアンドロ、僕は今まで何度も、君や君の仲間の窮地きゅうちを救ってきたじゃないか」


 そんなことなど気にすることも無く、悪びれない風でロドリゴが「跳ねる鹿チェルヴォサルタ」リーダーのレアンドロ・ポンキエッリに言葉をかけると、レアンドロはロドリゴの襟元を掴みあげながら激高して言い返す。


「その救い方が問題だって言ってんだ!! 普通に回復魔法を使えばいいものを、いちいち矢で射抜いてきやがって!! おめーを連れてちゃ、心臓がいくつあっても足りやしねぇんだ!!」

「そうだそうだ! お前をクビにすればもっとまともな治癒士ヒーラーを雇えるんだ!」


 噛みつかんばかりに語気を荒げるレアンドロの後ろから、仲間達もはやしたててロドリゴを責め立てる。これは、ロドリゴの味方はパーティー内に誰もいないと見ていいだろう。

 確かに彼の魔法の使い方は変わっている。傷を負っているのにそこを射抜かれる形だから、心情的にもよろしくはない。しかし、その魔法の腕と技術は魅力的だ。何しろ普通の治癒士ヒーラーより、射程距離が何倍も長い。


「エレン」

「なに」


 俺が声を潜めてエレンに耳打ちすると、彼女も小さく俺を見上げながら返してくる。その表情は真面目そのものだ。


「うちのパーティーは戦士ウォリアー魔法使いソーサラーだから、治癒士ヒーラーが必要だよな?」

「そうね、付与術士エンチャンターでもいいけれど……そういえばロドリゴ、付与エンチャント弱体化デバフも結構使えたはずよ」


 確認するように問いかけると、エレンも真剣にうなずいた。この「ガッビアーノ」というパーティーのリーダーは彼女だ。お伺いを立てるのは当然である。

 ロドリゴは解雇されようとしている。俺達は治癒士ヒーラーが要る。利害は一致していた。


「これは、結構なチャンスじゃないか?」

「そうね、よそに取られる前に行きましょ」


 エレンをそっと床に下ろしながら、俺達はさりげなく「跳ねる鹿チェルヴォサルタ」のいる方に歩み寄る。ちょうど、レアンドロが書類をテーブルに叩きつけているところだ。


「もう俺のサインは書いた!! あとはこれをギルドの窓口に出せば――」


 レアンドロがテーブルに手を突きながら、ロドリゴにその言葉をぶつけていく。それを言い切るより先に、エレンがぴょんと跳び上がった。

 そのままレアンドロの肩にしがみつき、いたずらっぽく笑いかけながら言う。


「あら。じゃああたし達が貰っても・・・・・・・・・問題ないわよね?」


 突然割り込んできたエレンの姿に、レアンドロもロドリゴも、他の面々も驚きに目を見開いた。

 そもそもからして割り込んだのが、今まで徹底して単独パーティーを貫いてきたエレンなのだ。誰もが予想しなかったことだろう。


「なっ」

「『ガッビアーノ』のエレン!?」


 周囲の人間が驚いて思考を停止させている間に、エレンはロドリゴの肩に飛び移る。そしてロドリゴの額を軽くつつきながら、声をかけた。


「話をしましょう、ロドリゴ。あたし達ならきっとあなたに損はさせないわ」

「へえ?」

「おっ、おい!?」


 そのままロドリゴを促して歩き出させようとするエレンに、レアンドロが戸惑いながら追いすがる。つかみは上々、あとは交渉の時間だ。俺も肩をすくめながら、エレンの後を追った。

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