第2話 呪われた戦士

 東ロッシ郡の中心都市、ガスコの町まで戻ってきて、「黄金魔獣の神殿」踏破の報告と『黄金魔獣』ディーデリックの討伐証明を出したというのに、俺達の心はひどく沈んでいた。

 町に入る時だって衛兵に足止めされたし、町を歩いている最中もあちこちから視線が突き刺さった。当然だ、こんな金ピカの着ぐるみ姿、目立たないわけがない。

 冒険者ギルドで受け取った報酬を手にして、ガスコの町にある教会に向かった俺だったが、司祭様の返事は何ともそっけなく。力なく首を振られて「うちではとても無理です」との返事を貰い、とぼとぼと街路を歩く。


「はぁ……」


 もう、ため息しか出ない。呪われたアーティファクトの解呪、一筋縄ではいかないことは予想していたけれど、ダンジョン踏破の報酬とネームドの魔物討伐の報酬を合わせても、とても届かない額の寄進金きしんきんを要求されてしまった。

 着ぐるみの尻尾も心なしかしゅんと垂れ下がっているような気がする中、前方から歩いてくる集団がある。イザベッラ、ステファノ、エジェオの三人だ。


「ああ、ライモンド」

「どうだった、教会での解呪」


 俺の姿を見つけて歩み寄り、声をかけてきた三人に、俺はがっくりと肩を落としながら返す。


「無理だよ……とてもじゃないけど、寄進金を払いきれやしないし、そもそもこんな辺境の教会じゃ、解呪できる人がいないとさ」


 そう、寄進額の高さももちろん問題だが、そもそもこの着ぐるみの呪いを解ける呪術士シャーマンが、この町の教会にはいないのだ。

 呪いを解くためには呪術士シャーマンの扱う解呪魔法が必要だ。しかしこんな辺境の町の教会にいるような呪術士シャーマンでは、とても太刀打ち出来ないほどの呪いがかかっていると言われたのだ。王都ジャンピエロの国立魔法院こくりつまほういんですら、これを解呪できる人間がいるかどうか。

 俺の言葉に、ステファノが額を押さえながらこぼす。


「やっぱり、そうか」

「その着ぐるみのステータス補正値を見た時から、ただものじゃないっていうのは思っていたけれど」


 エジェオも困ったように首を鳴らしながら言ってきた。俺もこいつがただものではないことは分かっていたが、だとしてもこんな呪いは厄介すぎる。


「どうするかな……確かに強くはなれたけれど、このままじゃ日々の生活も覚束ない。身体を洗うことも出来ないし」


 腰の部分をまさぐったり、背中に手を回してジッパーが埋もれていたりしないかを確認したり、無意味な抵抗を続ける俺に、イザベッラが恐る恐るといった様子で声をかけてきた。


「ちなみにライモンド、解呪にかかっての寄進額、いくらだって?」

「軽く見積もって15万ソルディ・・・・・・・。ここでやるとしたら国立魔法院かよその国から呪術士シャーマンを呼ばないとって言っていたから、本当は多分もっとかかるんだろう」


 妹の言葉に、外から見えもしない眉間にシワを寄せつつ俺は返した。

 そう、軽く見積もって・・・・・・・15万ソルディという大金なのだ。先程のダンジョン踏破と『黄金魔獣』討伐の報酬として、冒険者ギルドから支払われた報酬が8,000ソルディ。これだけでも俺達4人が、半月は冒険に出ないでも暮らしていけるだけの報酬なのに、その15倍以上の額をかけないといけないのだ。

 あまりにも現実的ではない金額に、イザベッラが大きな声を上げる。


「15万!?」

「えげつないな、何年かけて貯めないといけないんだ……さすがは『黄金魔獣』のアーティファクト、と言ったところだが」


 ステファノも呆気にとられた様子で言葉を漏らした。本当に、数年かけて貯めないといけないレベルの金額なのだ。それだけの金を用意するなど、並大抵ではない。

 もう一度俺が肩を落としたところで、ふとステファノとエジェオが顔を見合わせる。


「だが……」

「ああ……」

「ん? どうしたんだ、三人とも」


 意味深に言葉を交わし、何とも言えない表情をした二人に、今度は俺がキョトンとなる番だ。何か言いたそうにしているが、二人は何も言ってこない。

 と、しびれを切らしたようにイザベッラが口火を切った。


「ああもういいわ、私が言うわよ」

「イザベッラ?」


 イザベッラの言葉に、俺は何やらただならぬものを感じた。

 何か、俺に言うべきことが三人にはあるらしい。しかし、一体何を?

 と、次の瞬間にイザベッラはとんでもないことを言い出した。


「さっき、冒険者ギルドで手続きをしてきたわ。あんたのパーティー除名・・・・・・・をね」

「な……っ!?」


 突然の宣告に、俺は顎がすとんと落ちる思いがした。

 パーティー除名。つまり、クビだ。

 二の句が継げないでいる俺に、イザベッラはまくし立てるように言ってくる。


「あんたは強いわ。全国闘技大会ぜんこくとうぎたいかいベスト16の腕前はあるし、国立騎士学校こくりつきしがっこう仕込みの剣はとても頼りになる。加えて着ぐるみのステータス補正値、そりゃあもう最強よ」


 俺の着ぐるみの身体に手を当ててきながら、イザベッラは噛み含めるように話した。

 そう、俺はただのA級戦士ウォリアーというだけではない。ヤコビニ王国が誇る近衛騎士団このえきしだんの下部組織である国立騎士学校を卒業しているから、剣の腕前は一流だ。加えて各国の冒険者ギルドが共催する、全国の腕利きの冒険者を集めて行う闘技大会で、上位16名の中に入ったこともある。

 つまるところ、この着ぐるみの力がなかったとしても、俺はそれなりには強いのだ。そこにこの着ぐるみのステータス補正が加わるから、今の俺がどれだけ強いのかは言うに及ばず。

 しかし、俺の胸を強く叩いてきながらイザベッラは言う。


「でも、その強さの代償があまりにも大きすぎるのよ。15万ソルディ? そんな金があったらS級冒険者を三人は雇えるわ。それに着ぐるみ士キグルミストでもないあんたは着ぐるみ洗浄のスキルを持っていない、だけでなく着ぐるみの中のあんたに身体洗浄ボディウォッシュを使うことも出来ない」


 イザベッラの発言に、俺は何も言い返せなかった。

 魔物の力を着ぐるみに加工して、それを身に着けて戦う着ぐるみ士キグルミストなら、着ぐるみの着脱は一瞬だし汚れた着ぐるみもすぐに洗うスキルを持っている。しかし俺は戦士ウォリアー、そのスキルは持っていない。

 おまけに着ぐるみの上からでは、身体の汚れを落とすための魔法である身体洗浄ボディウォッシュをかけられないのだ。結果として、着ぐるみの中の俺の身体は汚れっぱなしである。

 さらに、こちらに指を突きつけながらイザベッラが言ってくる。


「それにあんた、生きていくためには飲み食いしなきゃでしょ? 食べてと飲んではその着ぐるみの口部分の隙間からねじ込めば最悪いけるかもしれないけれど、出す・・のはどうすんの? 着ぐるみの中に垂れ流しとかイヤよ?」

「うっ……そこは……」


 彼女の質問に、俺は答えることが出来なかった。答えなど持っていなかった。

 俺自身、どうすればいいのだとずっと疑問に思っていたことなのだ。着ぐるみを脱げないのでは便所に行けない。食事も覚束ない。着ぐるみの頭の口部分は隙間が多少空いているから、そこからねじ込めば食べることは出来るかもしれないが、出せないのが大問題だ。

 その面倒な状況の俺を、数年間彼らに付き合わせることを考えると、俺自身大変に申し訳なくなってくる。

 うなだれた俺に、容赦なしにイザベッラが言ってきた。


「分かる? 絶対臭いの・・・。遠からずあんたは鼻が曲がるほど臭くなるの。そんなのを数年耐えろって方がむりでしょ?」

「君自身に身体洗浄ボディウォッシュを身に着けてもらうのが一番近道ではあるが、あの魔法はあくまでも身体から汚れを落とすものだ。落とした汚れが着ぐるみの中に蓄積されては意味が無い」

「それは……そうだけど……」


 イザベッラの言葉の後を追うように、エジェオも淡々と話してくる。確かに二人の言葉はその通りだ。そこは俺も否定できない。

 だが、しかし。この「噛みつく炎モルデレフィアンマ」は俺が一人で前衛に立ち、後方の三人に攻撃が向かわないよう立ち回ることでやってきた。その俺を解雇したら、三人は壁を失うことになる。


「いやでも、俺を除名したらこの後の『噛みつく炎モルデレフィアンマ』はどう戦っていくんだ!? 唯一の前衛である俺が不在になるんだぞ!?」


 俺がせめてもの抵抗で言い返すと、ステファノが腰に手をやりながら返してきた。


「今、冒険者ギルドにB級以上の戦士ウォリアー重装兵ガードでパーティーに所属していない人員が無いかを照会している。その照会が終わったら新たな人員を加えてまた冒険に出るだろう。なに、戦力の低下はやむを得ないが、君の着ぐるみの解呪に時間と金をかけるよりは、確実に安上がりだ」


 ステファノの発言に、思わず伸ばしていた俺の腕が力なく落ちる。呆然と立ち尽くす俺に、くるりと背を向けながらイザベッラが言葉を投げかける。


「そういうわけ。ま、あんたのそのステータスがギルドの台帳に登録されたら、拾ってくれる物好きもいるんじゃない? ひょっとしたらだけど」

「今まで世話になった。あとは君自身で、生き延びるために頑張ってくれ」

「じゃあな、ライモンド」

「お、お前ら」


 ステファノも、エジェオも、あっさりとこちらに背を向けて歩き出す。もう一度彼らの背中に手を伸ばすが、三人は俺に振り返ることもなく、すたすたと去っていってしまった。

 置いていかれた。その事実が、どうしようもなく俺にのしかかる。


「……もう……なんだよ……」


 がっくりとうなだれた俺の口から、誰に言うでもなく言葉が漏れる。力なく立ち尽くす俺を、町の人々が奇異の目で見ながら避けていくのを、気にしている余裕も俺にはなかった。

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