魔王討伐は着ぐるみと共に〜呪われた着ぐるみを脱げなくなってパーティーを追放された戦士、着ぐるみに同情されて最強になる〜

八百十三

第1話 黄金魔獣の神殿

 ヤコビニ王国東ロッシ郡に存在するダンジョン、「黄金魔獣の神殿」にて。

 Aランクの冒険者パーティー「噛みつく炎モルデレフィアンマ」は、力を合わせ互いに協力し合いながら、神殿の攻略を行っていた。

 多数の魔物がひしめく神殿の通路を、先頭に立つ戦士が大剣を振るって魔物の群れを蹴散らしていく。


「はぁっ!」


 戦士の名は、ライモンド・コルリ。ヤコビニ王国冒険者ギルドに所属するA級の戦士ウォリアー。それが、俺だ。

 階段前の通路にひしめく魔物の最後の一体を、一刀のもとに切り捨てた俺を見て、後方から俺を援護していた仲間たちが笑みを見せながら武器を下ろした。


「さすがね、ライモンド」

「相変わらず迷いのない太刀筋だ」


 同じくA級、付与術士エンチャンターで俺の妹でもあるイザベッラ・コルリが皮肉っぽく笑いながら言うと、その隣でこちらもA級、魔法使いソーサラーのステファノ・アルビノーニもうなずいた。

 二人と、その近くで放った矢を回収している弓使いアーチャーのエジェオ・ジェンダに、親指を立てながら俺は返す。


「このまま神殿の宝を手に入れて、S級への昇格試験を受けたいからな。迷ってなんていられないよ」


 そう、俺達がこの「黄金魔獣の神殿」にやってきたのには訳がある。このダンジョンでレベルを上げ、資金を稼ぎ、ここに眠ると言われる神殿の宝を手に入れて、今度受験する予定のS級昇格試験への弾みをつけたいのだ。

 この神殿に眠る宝を手に入れれば、とても強くなれると風の噂で聞いたことがある。なら、手に入れて試験に臨めれば、突破してのS級合格も夢ではない。

 俺の言葉に、微笑みながらステファノが杖をくるくる回しながら言う。


「その意気だ。俺も同時に試験を受けられるように頑張るよ」

「そうね。応援してるわ、ライモンドもステファノも」


 イザベッラも相変わらず皮肉っぽい笑みだが、その言葉に誤りはないだろう。俺も、ステファノも、無事にS級に合格できればこの先もっといい条件の依頼クエストを受けられるからだ。

 この世界には人間がいて、魔物がいて、魔王がいる。今の魔王は『頑健王がんけんおう』とあだ名されるヘイスベルトだが、その支配力は風前の灯火だ。幹部である後虎院ごこいんを含め、配下のほとんどは既に倒され、側近の魔物も殺されている。あとはいつ、魔王討伐の依頼が発行されるか、という段階なのだ。

 魔王討伐は、全世界のSランク、Aランクのパーティーから選抜され、各国の国家認定勇者のうち誰か一人に率いられて魔王城に向かう。今代の勇者で最強と噂されるのはヤコビニ王国の勇者だとされているからそこは心配がないが、俺としてももちろん魔王討伐の一員には加わりたい。

 Sランクに上がることが出来れば、魔王城までの道を切り開く第一隊はもちろんのこと、魔王城に乗り込んで魔王と対決する第二隊に参加することも夢ではないのだ。その為には、強い装備が必要、というわけだ。

 魔物の素材を回収するためのナイフを取り出しながら、俺はイザベッラとエジェオに視線を向ける。


「エジェオもイザベッラも、もうすぐS級の昇格試験を受けるための資格を得られるんだろ。うかうかしちゃいられないぞ」

「おっと、そうだな」


 そう、S級への昇格を間近に控えているのは、俺とステファノだけではない。残り二人ももう少々レベルが上がれば、S級の受験資格を得られるのだ。

 今回、この「黄金魔獣の神殿」に単独で潜ったのにはもう一つ理由がある。このダンジョンをクリアできれば、Sランクパーティーへの昇格も認められるかもしれないのだ。そうすればますます、第二隊への参加が現実的になってくる。

 倒した魔物の素材を回収し、アイテムボックスにしまい、俺達は下の階へと降りる階段を下っていく。もうそろそろ神殿の、最深部に到着するはずだ。


「さて、もうすぐ最深部か……?」

「そうだな、フロアボスがそろそろ……おっ」


 静かな神殿内、俺達の階段を下りる足音だけが響く。

 エジェオが弓に矢を番えながら静かに言うと、俺も小さくうなずきながら背に負った大剣の柄を握る。もうそろそろ、ボスの姿が見えてもいいはずだ。

 と、先頭を行く俺の足が最下層のフロアを踏んだ瞬間、バッと視界が開けて部屋の中が明るくなる。

 その部屋の中央に立っていたのは、黄金色の毛皮を持つ一頭のだった。


「グォォォォ!!」


 俺達の姿を見るや、虎が前脚を踏ん張ってこちらに吠え声を上げる。その声色には威厳と敵意がありありと見て取れた。

 あの虎こそ、この神殿の主にしてボス。『黄金魔獣』の異名を取る魔物、ディーデリック・ノールデルメールである。


「あれがかの黄金魔獣ディーデリックか!」

「行くわよ、皆!」


 姿を認めるや否や、俺は一気に大剣を抜き放って飛び出した。このパーティーで唯一の前衛である俺は、ただ攻撃をするだけではなく後衛の三人の盾としても動かなくてはならない。普段以上に、立ち回りには注意が必要なのだ。

 俺の後方ではステファノとイザベッラが、揃って杖を掲げながら魔法を詠唱する。


「燃え盛る炎よ、命を穿うがち悪を貫け! 闇を照らす業火ごうかをここに! 業火球ファイヤーボール!」

「光の神よ、輝ける加護をもたらしたまえ! あらゆる悪意はここにはばまれる! 防御向上プロテクション!」


 炎魔法第六位階の業火球ファイヤーボールをステファノが放つと、同時に対象の防御力を高める付与エンチャントをイザベッラが俺にかける。防御力の上昇した俺の頭上を巨大な火球が飛んでいき、黄金魔獣の顔面に炸裂した。

 動きが止まった瞬間に俺は一気に距離を詰め、黄金魔獣の足めがけて大剣を振り抜く。


「おらっ!」

「食らえっ!」


 それと同時にエジェオも矢を放った。スキルの火矢ファイヤーアローを使って自然と火をまとった矢が、黄金魔獣の肩口に深々と突き刺さる。

 いい具合に先手を打てた。少なくないダメージを負った黄金魔獣が、炎が点ったままの頭をぶんぶんと振りながら吠えた。


「グォォッ!!」

「いいわ、押してるわよ!」

「このまま行くぞ!」


 向こうは頭の炎を振り払うのでいっぱいいっぱいの様子だ。これはチャンス、とばかりに俺達は一気に攻勢に出る。

 そこからは俺が何度も切りかかって向こうの注意を引き、ステファノとエジェオが炎魔法や火矢ファイヤーアローで火を点けていく。もちろん黄金魔獣も反撃はしてくるが、攻撃を受けているのは幸い俺だけだ。受けたダメージはイザベッラのかける継続治癒リジェネレートでカバーできる。

 5分も戦った辺りには、黄金魔獣のHP体力は残り僅か。俺達もMP魔法力こそだいぶ削られているが、まだまだ元気だ。


「グルルル……!」

「よしいいぞ、もう少しだ!」

「ライモンド、決めちゃって!」


 後方からステファノとイザベッラが声を飛ばしてくる。今の時点で一番素早く攻撃できるのは俺だ。俺としても一撃を入れる準備は出来ている。

 大剣を低い位置に構え、両腕に力を溜める。ここぞという時のために使わないでおいたスキル『獣牙一閃じゅうがいっせん』、今がまさに使い時だ。


「任せろ! うぉぉぉぉっ!!」


 ぐっと引いて握り込んだ大剣を、一息で振り抜く。

 俺の振り抜いた刃はまっすぐ黄金魔獣の喉に向かい、その喉を一直線に切り裂いた。血がどばっと吹き出す。


「グ、オ……!!」


 大きく開いた口から血を吐き出しながら、黄金魔獣はぐらりと身体を傾けていく。そしてそのまま、どしんと音を立てながら神殿の地面に倒れ込んだ。

 大剣を振り抜いた姿勢そのまま、俺は呼吸を整える。その間も、黄金魔獣は動かない。


「や……」

「やった……!?」


 そのまま一分弱、黄金魔獣が立ち上がらないかを確認して、ようやく俺達に「倒した」という実感が湧いてくる。ということは、つまりダンジョンクリアだ。


「よっしゃー!」

「勝った……やったわね!」


 拳を突き上げる俺の周りに、仲間たちが集まって飛び跳ねる。このダンジョンを単独パーティーで攻略したという事実、それが俺達の喜びを一層増してくれるのだ。

 この実績があれば、魔王討伐隊の一員になることはもちろん、第二隊への配属も夢ではないはずだ。

 エジェオが素材回収用のナイフを取り出しながら、にこにこしつつ話す。


「あの黄金魔獣だ、素材もきっと高く売れるぞ」

「それにフロアボスだから、ほら、何かお宝も持ってたり……あっ、ほら!」


 ステファノも嬉しそうにナイフを使って、黄金魔獣の身体を切り分けながら視線を巡らせる。と、その毛皮に覆われた巨体の下から、大きな宝箱が姿を見せた。

 これぞ、ボスドロップのアイテムだ。


「宝箱だ!」

「やったー! 開けてみましょ!」


 宝箱を見てイザベッラも非常に興奮していた。こういう強力な魔物のドロップアイテムはアーティファクトと言われ、非常に強力な性能を備えている。ついでに結構高額で売れるのだ。

 ワクワクとしながら宝箱を開けて、箱の中に手を突っ込む。何か布っぽい質感の、柔らかいものが手にあたった。


「さて、何が……ん?」

「あれ? ……なにこれ?」


 恐る恐るその中身を取り出すと、それは黄金色をした、虎の縞模様が描かれ、もふもふとした「着ぐるみ・・・・」だった。

 それを見た俺も、他の三人も、揃ってキョトンとせざるをえない。


「これ……毛皮、じゃない。着ぐるみ・・・・?」

「黄金色の虎の着ぐるみ? いかにも黄金魔獣のドロップ品って感じだけど……」


 俺の手の中の着ぐるみを見ながら、ステファノも不思議そうな表情をした。確かに黄金魔獣を倒して、黄金魔獣を模した着ぐるみを手に入れるというのは理に適っているが、だとしてもこの着ぐるみを装備して街を歩くのには、少々、勇気が要る。

 イザベッラもげっそりとした表情になりながら着ぐるみを一瞥する。


「えー、なにこれ、もっふもふで柔らかそうだけど、ちょっとダサくない?」

「だよな……これ着て戦うってのは……」


 俺も何とも言えない表情になりつつ、着ぐるみのチェックを行う。と、その着ぐるみのステータスを見て俺は目を見開いた。

 HP体力の補正値が5,000、ATK攻撃力DEF防御力の補正値が2,500。おまけにSTR筋力AGI素早さRES抵抗力など基礎ステータスにも結構な補正が入っている。ものすごい値だ。


「ん……? おい、ちょっと待て。見ろよこいつのステータス」

「どうしたの、ライモンド……うわ」


 俺がそれを見せつけながら他の三人に声をかけると、他の三人もこの着ぐるみの補正値に目を見開いた。というよりも、若干引いていた。

 気持ちは分かる。俺も少々、ぶっ飛びすぎていて引いた。


「えっぐい」

「ぶっ壊れてるな、このステータス補正値」


 エジェオもステファノも、補正値を見ながら顔を見合わせる。ここまで高性能だと、逆に扱いに困るというやつだ。


「どうしよう? 間違いなくアーティファクト・・・・・・・・でしょ」

「売るにはもったいないし、飾っておくにも場所がね……アイテムボックスの場所も取っちゃうし。でもこれを装備するってのは、ほら」


 二人とも俺の顔を見て困った表情になる。それに対して俺も、悩ましい顔を返すしか無い。他に手がないのだ。

 なにせ、このぶっ壊れ性能である。装備したら間違いなく、とんでもなく強くなれる。しかし、この見た目だ。それに着ぐるみ、どうしたってかさばる。


「うーん……」

「んー……」


 どうしよう。どうしたらいいだろう。しばらく神殿の真ん中で、素材を回収途中の黄金魔獣の死体の上で悩む俺達だ。

 しかし、俺はこの着ぐるみの補正ステータスが、どうしても頭から離れなかった。これを着て戦えば、今まで以上に楽に戦えるはずだ。強くなれればそれだけ活躍も出来る。それにこの見た目なら、いい意味でも悪い意味でも目立つ・・・だろう。


「あ……あのさ」


 だから、俺は意を決して三人に声をかけた。ついでに自分が手に持ったままの着ぐるみを、そっと抱きしめる。ふわふわで柔らかい、そして意外と軽い。


「誰も要らないってんなら、俺、これ貰ってもいいか」

「え、これ着るの?」

「ライモンド、そんな趣味だっけ」


 俺の言葉に、エジェオとイザベッラが驚きに目を見開いた。気持ちは分かる。こんな金ピカでダサさが勝る着ぐるみを、自分のものにしたいだなんて。趣味を疑われるのも仕方ない。

 しかし、俺はもうこの着ぐるみを着て最強になるという思いで頭がいっぱいだった。着ぐるみの補正ステータスをもう一度見せながら言う。


「趣味じゃないけどさ……でも、このステータス補正値は魅力だろ。絶対最強じゃないか」

「まぁ、それはな」


 そう言いながらも俺はさっさと、着ている鎧の方に手をかけていた。すっかり俺のものにする気マンマンだが、他の三人が手を付けようとしないから問題はない。


「じゃ、鎧を脱いで……こう着ればいいのか?」


 鎧を脱いで、インナーだけの状態になってから着ぐるみのジッパーを下ろす。そして中に脚を突っ込み、手を突っ込み。意外と暑くないし軽いから、適宜脱いでいけば快適に戦えそうだ。


「おっ、意外と着心地いいぞ」

「あとはこれの頭を、頭にかぶればオッケーね」


 俺がぐいぐいと体を動かしていると、頭の部分を持っていたイザベッラがそれをこちらに手渡してきた。両手で受け取り、頭の上に持ってくる。


「よし……被るぞ」


 恐る恐る、頭の部分を下ろしていく。しばし視界が暗くなると、ちょうど目の部分が俺の目の高さに来たところで視界が明るくなった。着ぐるみの頭の向こう、目のところからイザベッラやステファノ、エジェオの姿が見える。

 思っていたよりも視界が広い。これなら戦闘も問題なさそうに思える。


「おっ、意外といい感じ……ん?」

「ライモンド?」


 だが、その瞬間。俺の身体の表面を一瞬、僅かにだがピリッと電撃が走ったように感じた。

 何事か、と頭を取ろうとして、着ぐるみの頭を両手で挟んで気がついた。

 頭が外れない・・・・・・!?


「んっ、ん、何だこれ、取れない!?」

「えっ」

「ちょっと、おい、背中のジッパーが無いぞ!?」


 俺の言葉に、にわかに仲間たちも慌てだした。俺の背後に回ったステファノも、俺の背中を触りながら声を上げた。

 頭が外れなくなり、背中のジッパーもなくなり。ということはこの着ぐるみを、もう脱ぐことが出来ない・・・・・・・・・ことになる。


「まさか……」

「これ……」


 俺は愕然としながら、仲間たちと顔を見合わせた。

 こんな事が起こる装備品など、こうとしか・・・・・考えられない・・・・・・


「「呪われてる!?」」

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