第九話

 冬が来た。シベリアの冬は長い。場合によっては一日中太陽がほとんど出ない日もある。まさに暗黒の世、魔王が支配する刻なのだ。


 そして魔王の体に異変が起きた。


 最後まで人間の体を留めいた足の部分が軽やかな骨音を立てると深い緑の皮膚が浸食し、鉤爪のような黒き爪が足から伸びた。己の靴は飛び散った。さらに体液をまき散らしながら尾が生じた。


 こうしてサロは標準体となった。


 ――おめでとうございます。さあ、私めに力を込めてください!


 「どうやって?」


 ――願いだけでいいのです。願いを破で出すのです。


 「こうか?」


 サロはてのひらに青白い光をどんどん集める。


 「破っ!」


 『真名の波動』をシュクラに向かって出すとシュクラだった光がどんどん大きくなる。そしてそれは人の形に近い者となった。

 皮膚は白磁はくじを思わせる色。しかし両の蟀谷こめかみから角が出ている。耳は尖っていた。長髪の白銀の髪をなびかせていた。服も白銀を思わせるような色の服を着ていた。


 「ああ……。ああ……。実に八二年ぶりです」


 「八二年!?」


 「精霊族は、魔妖族は長生きなもんですから」


 シュクラはひざまずく。


 「魔王様、これが魔妖族にして魔王の副官シュクラの真の姿。魔王様の右腕にございまする」


 「シュクラ……堅苦しいから顔上げていいよ? それに僕、魔王としての実感ないし。『サロ』でいいよ」


 「いけませぬ。それはもう人間時代の名前。魔王様は人間の体を依代よりしろにしてるだけでございます。先代の魔王も同じことを言っていました。ですがもう、人間ではないのです。人間時代の名を捨てるのが一般的です。どうか、『ザムド』とお名乗り下さい」


 「僕はサロのままだ! 言ったはず。人間にこれらの福音を与えるのだと。そして僕は人間時代の心を忘れぬよう人間時代の名をこれからも使う」


 「魔王様。承知しました」


 「だから二人きりのときは『サロ』でいいって」


 「ま……サロ様、承知しました」


 「『様』とかも要らない」


 「今日から格が上とか下とかそういうのやめよ? これから動物や精霊を魔物にするんでしょ? だけど『魔王様~』とか本当は辞めてほしいの。これは後から出来る『四天王』にも同じことを言うよ」


 「承知」


 「四天王が裏切って先代は失敗したんだよね、シュクラ」


 「そうです。サロ」


 「ところで四天王って何する人?」


 「一般的には特に武力・魔力の高い者を魔王の側近にして高位の官になる者の事を言います。通常四人なので『四天王』です。魔王城が攻められたときは四つのゲート作って守ることにもなってます。四天王は場合によっては一人魔王城から旅立って勇者を倒しに行く『勇者』でもあります」


 「まさかと思うけどシュクラ、その四人って仲が悪くない?」


 「仲が悪くない場合もありますが…‥先代を裏切った四天王バロニアは一番弱かった四天王だったのです。農場を作ったりガス管を作ると言ったことが苦手で武力も弱かったのです。あくまで四人の中では、ですが」


 「劣等感か……。なるほど。そういう魔族も増やさない。側近は武力が立つとか魔力があるとかそういった人間にはしない」


 「と言いますと?」


 「優しさを持つ者を側近に入れる」


 「了解」


 「お!『承知しました』って言わなくなったね」


 「そのほうがいいと思って」


 「ちなみにもう仮面特有の違和感は完全に無くなってますよ」


 「本当だ」


 もう仮面と思わせる感覚はなかった。完全に仮面が己の肉体を「喰った」のだ。


 「完全に魔族の顔です」


 「本当に僕は魔王なんだね?」


 「そう、逃げられませんよ」


 「僕をうまく支えてね」


 「もちろん」

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