第34話 後始末をするものたち

 明け方。

 徐々に暗闇とオレンジ色の光が混ざり合い始めた頃。

 薄暗い研究棟の屋上に、えぐれた校庭を見下ろす三人の人影があった。


 シニカ・ヴァレッタはベンチに腰掛け退屈そうな表情で足を組み直した。

 そして、先ほどまで張っていた強力な人払いの結界魔術を解除した。


「結局、心眼持ちも腹黒聖女の方も完全には覚醒しなかったか」


「しかし、彼らの能力は着実に開花しています」


 ローブを深く被った人物——スワロー・タイラーは答えた。


「ふん、やはりあの吸血鬼もどきでは実力不足だったか」


「かつては天才と言われた人物の最後が……グールと化すとはなんとも言えない結末っすね」

 ブラムスはガシガシと髪をかきあげて話続ける。

「てか、人工的に吸血鬼になろうとするなんて理由はどうであれ成功する可能性が低すぎるでしょうに……研究者という生き物は高望みするものなんですかね」


「ふん、古代より吸血鬼は魔族でも別格の魔力と強靭な肉体、不老不死を誇るとされている。だからこそ大戦以前は研究対象になっていた。が、魔族との休戦以降、少なくとも表向きは魔族を人体実験に使用するのは禁止されているわけだが——」


「今回の件を魔族側にどのように説明するかが問題っすよねー」


「そちらの件については私の方で手を打っておきます」


 スワロー・タイラーは静かにつぶやいた。


「了解です。では、暗部は特に動きませんからね?」


「ふん、はなから暗部などに借りを作るつもりはない。それよりもトトノ・ノノ、やつが禁忌を冒していたことも問題だが『賢者の石』が本物だったことも重大だ。それに我々が所有している破片よりも大きかったしな」


「そうっすね。考えられるとしたら、闇ギルドから買ったって説がありそうっすね」


 ブラムスは僅かに目を細めてシニカが手に持ったかけらを凝視した。

 小さな掌には砂のように砕け散った破片が乗せられている。


「幸いチューヤ・ベラニラキラさんの魔術によって粉々に砕け散ったみたいですので回収は不要でしょう。しかし、果たして本当に闇ギルドから手に入れたものなのでしょうか……」


 スワロー・タイラーは顎髭を触りながら僅かに視線を校庭から空中へとそらした。

 シニカは挑発するようにブラムスへと視線を向けた。


 ブラムスは嫌な予感がして探るようにシニカに問いかける。


「……な、なんすか?」

「ふん、何を惚けている。お前ら暗部ではとっくにどの闇ギルドの誰から売られたもののか、そのくらいのことは突き止めているのではないか?」


「いやいや、俺ら暗部の方だって街中の失踪騒ぎの調査でそれどころじゃなかったですからね?まさかトトノ・ノノ先生が市民まで巻き込んで実験をしているなんて思ってもいなかったんですから!それに学院ではチューヤたちの監視で……バレないように立ち回るので手一杯だったんですからね?そもそも、ルインズ・ディケイズがなぜトトノ・ノノ先生にたぶらかされたのか、その理由もこっちは掴めていなかったんすからね」


 ブラムスは疲れた表情でそれでいてこれまで陰ながら働いてきてことに対して、最大限の非難をするために、スワロー・タイラーちらっと見た。

 が、すでにスワロー・タイラーの姿はなかった。


「ええ……言いたい事だけ言って教授は姿を消すとか……ちょっとは、生徒のことをねぎらってくれてもよくないっすかね?」


「ふん、教授は忙しいお方だ。諦めろ」


 シニカは長い黒髪の毛先を触った。

 ブラムスは愚痴っても誰も助けてくれないことを再認識して肩を落とした。


 そんなブラムスの傷口を抉るように、シニカはニヤッと嫌な笑みを浮かべた。


「ああ、それと。校庭は元に戻しておいてくれ、暗部の下っ端」

「はい……え?」


 ブラムスがキョトンとした声をあげた。

 その瞬間、大量の黒い蝶が視界を遮るように現れ空中に舞った。

 視界を開けたときには、すでにシニカの気配はなかった。


「流石に何でもかんでも暗部に押し付けるのはどうなんですかね」


 ブラムスの嘆きは誰の耳にも届くことなく掻き消えた。


 校庭には不自然に抉られた穴があちらこちらに残っている。

 その校庭の片隅では二人の生徒が肩を寄せ合っている。


「はあ、とりあえずまずは、異変に気がついている教授陣たちにちょっかい出される前に……お姫様を探している王宮の騎士団に連絡してから……って、これ一人で対処するの面倒すぎるでしょ!」


 面倒な事後処理を押し付けてきた『蝙蝠の眼』の幹部たちを呪いながら、ブラムスは急足で校庭へと向かった。

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