第32話 クズなりに闘う(1)

「なんと言いますか、そのあっけないですね」

「まあ、英雄の物語でもあるまいし現実の戦闘なんてこんなものだろ」

「そうですか……」

「ああ、だから――」

「チューヤ様、後ろですっ!」

「――っぐ」


 吹っ飛ばされ背中が壁に激突した。

 肺の空気が一気に押し出され吐き気が襲った。


 骨は折れていないようだが出血したらしい。


 くっそ、まだ生きていたのか……これだから吸血鬼は嫌なんだ。


 頭がくらくらとするが、なんとか立ち上がることはできた。

 

 ……ゆらゆらと身体を不規則に左右に揺れている。

 いや、なんだこの違和感。


「――――グアアアアア」


 ノノ先生の口元から得体の知れない液体がポタポタと流れ落ちた。


 その瞬間――俺の目の前に現れた。


 ――くそ、なんて速さだ⁉

 鋭利な爪が頬に触れる前に俺はクロエの元へと転移した。


「すまないが、大人しくしてくれっ!」

「えっ⁉」


 クロエの華奢な身体を抱えて校庭へと飛んだ。

 僅かな浮遊感とともに窪みができた地面に足をつけた。

 クロエを下ろすとフワッと砂埃がまった。


「あ、ありがとうございます」とかき消えそうな声で言った後、クロエは何かを誤魔化すように「先ほどのあれはどういうことでしょうか……グールなのでしょうか」とつぶやいた。


「おそらく、そうだろうな」


 しかしこんなにも短時間で屍がグールと化すことなんてあるのだろうか。

 領地にいた時にさえ見たことも聞いたこともない。

 いや、そもそも吸血鬼が死ぬと灰になるはずだよな?


 なぜノノ先生の身体は残っているんだよ。


 もしかして——完全なる吸血鬼ではなかったのか。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「クロエ——お前は聖女としての能力を使えるよな?」

「なぜ……そう思うのですか?」

「あー、肯定だと受け取っておく」


 そうであるならば、どうにかなるか。

 先ほどクロエ——高位の魔術師の魔力をかなり吸い取ったおかげでおそらくある程度長い時間であっても心眼を使えこなせるようになった気がする。


 ……まあ、完全に単なる勘だけど。


「説明してくださいっ!」

「――そんな時間は、なさそうだ」


 ノノ先生——グールと化した化け物が足をひきづるようにして姿を現した。


 半開きになった口からポタポタと緑に濁った色が流れ落ちている。

目玉が不自然に大きく突き出ている。生前は端正な顔だったがすでにその面影はない。


 出し惜しみしている場合ではない。

『心眼』

 一気に情報の波が脳内に入り込んできた。

 魔力が体内に全く循環していない。

 それに心臓は確かに潰れているから死んでいることも確かだ。


 やはりノノ先生はグールと化しているようだな。


 ……それに頭の方に魔術式が発生しているようだ。


 あの時と同じだ。

 ルインズに襲われた時も脳に魔術式が埋め込まれていた。

 この奇妙な魔術が原因なのは明らかだ。

 しかし、どういった意味があるのか直ちには判然としない。


 くっそ、情報が抑えきれない。

 

 一瞬、平衡感覚がなくなり、バランスを崩してしまったが……クロエによって肩が支えられた。

 クロエの心配そうな声が耳元から聞こえた。


「チューヤ様、大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だ。問題ない。それよりもあちらも俺たちに気がついたみたいだ——」


「——グアアアアアア」


 グールが馬鹿力で一気に跳躍し、一瞬で目の前に現れた。

 咄嗟にクロエを引き寄せて後方へと転移する。


 グールは急に消えた俺たちの姿を見失ったのかあたりをキョロキョロと見渡した。


 不自然なほど青白く変色した肌、なぜか右目だけ今にでも飛び出そうになっている眼球——数分前まで生きていた人物とは程遠い姿だ。


 校庭に施されている古めかしい魔術の跡、校庭の端に植えられている木々に施されている不可思議な魔術の流れ——先ほどから視界に入り込むありとあらゆる魔術に関する情報から些細な情報まで頭に焼き付くように残り続ける。


 ああ、やはり情報を処理するだけの魔力が足りないか。


「すまないが、もう一度魔力をもらうぞ」

「え?」

「いいからよこせ」

「ち、ちょっと⁉」

 クロエの返事を待つことなく一気に魔力を吸収した。

 魔力……いや光が俺の身体の中に入り込んでくる。


「……んっ」


 クロエの甘美な声が僅かに聞こえた気がしたが、俺は構わず魔力を吸い上げる。

 胸元を掴む手が僅かに強まってクロエのトロントした瞳が俺を見上げた。


 そっと包み込むような温かさが身体に回り始めた。

 徐々にクロエの魔力——白い光が俺の身体で混じり合う。

 ついに俺の身体で循環する青白い光と一つになるような錯覚がした。


 先ほどまで頭の中にとめどなく流れ込んできた情報の波が緩和された。


「ありがと、もう大丈夫だ」

「……っん」


 頬を朱色に染めたクロエは、僅かに瞳に涙を浮かべていた。

 浅く呼吸をしてから、ジーッと無言で睨んだ。


「なんだよ」

「なんでもありませんっ」

「そうか……とりあえず、俺が前衛でクロエは後衛で頼む。そろそろ時間もないから、いくぞ」

「……わかりました」

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