第29話 クズは闘うための作戦を練る

 校庭の隅に林立した小屋の一つに退避した。


「ちょっとは、説明くらいしてから行動しろよ」

「あれくらいであれば、助けていただく必要はありませんでした」


 そう言って、クロエはぷいと顔を逸らした。フグのようにぷくりと頬を膨らませ、幼い子供のような仕草だ。


 こんな時に腹を立てている場合ではないが、少しばかりこのお姫様は痛い目に遭わないとこの態度は改善されないのだろう。


「この際だからはっきりと言っておくが、隠し事をするんだったら最後まで隠し通せ」


「――っ⁉チューヤ様がそれを言いますか⁉」


「俺は隠し事などしていない」


「どこがですか⁉」


「仮にあったとしても、それは今回の事件とは無関係だからいいんだ」


「そういう問題ではないです!」


「俺のことはこの際どうだっていい。てか、俺だってお前がなぜノノ先生を吸血鬼であると判断したのか——そもそもどうやって吸血鬼を誘い出したのか気になるが今はスルーしておいてやる」


「ですが――」


「いいからそんなことよりも、今はあの吸血鬼からどうやって生き延びるかだろ?」


 先ほどの雷のような魔術でかなりの音が響いたはずだ。

 しかし一向に研究等に残っているはずの先生や生徒たちの姿が現れない。


 つまり、この校庭は、完全に結界で隔離されてしまっているはずだ。


 助けは期待できない。

 結界を出るためには結界を張った術者に解除させるしかないが、先ほどの雰囲気では交渉しても無駄だろう。


 てか、そもそも初めに攻撃を仕掛けたのはこのお転婆なお姫様だ。

 

 ほんと……勘弁してくれ。

 いや、今は現実逃避している場合ではない。



「……すみませんでした」


 クロエは数秒ほど俺を凝視した後、ため息をつくように呟いた。


 よくわからないがどうやら、やっと真剣に俺の話を聞いてくれるらしい。


「とりあえずの方針としては吸血鬼の弱点であるコアを破壊するか」

「あるいは封印するか……ですよね。しかし封印には真名がわからないとどうしようもありませんし……」

「真名――吸血鬼としての名前ね……」


「ええ……」とクロエは僅かに曇った表情になった。


 心眼を使えばおそらく何かしらの手がかりは得られるはずだ。


 しかし心眼を使うだけの魔力としては現在の俺の残りの魔力量では心もとない。


 このお転婆なお姫様が今夜初めから戦闘ありきで物事を考えていることを知っていたら、魔力を完全に回復させてからやって来たものを……などと後悔しても遅いか。


 いやそもそも、なぜ俺はこの件に首を突っ込んだままなんだよ。

 今夜、わざわざ痕跡を調べることなんて、お姫様だけに任せてしまって、サボってしまえばよかったではないか。


 そうだ、そもそも俺の目的はなんだった?

 

 どこかの貴族と結婚して、将来は楽に暮らしたいんじゃなかったのか。


 父上に命令されたくらいで、ベラニラキラ家の役目を全うしようなど虫が良すぎるだろ。


 そもそも領地に封印されているヘラの張っている結界を維持しながらヘラ自身を自由にすること……解放するそんな無謀なことできるわけがないのだから……


 どうしようもなくて、ベラニラキラ家の役割を放棄して逃げ出したんじゃなかったか。


 なのに、今更、俺が学院に入学した後になっても、なぜ今更吸血鬼と関わっているんだ。


 役目から逃げ出したことへの罪滅ぼしか。


 ……だめだ。思考がまとまらない。


「――チューヤ様?」とクロエの碧眼が心配そうに覗き込んでいた。


 この腹黒王女様と関わってから面倒なことになったんだ。


 って……ああ、もうどうだっていいだろ。


 クロエの身体を抱き寄せた。

 ふわりと金色の髪先が舞った。


「な、何ですか⁉」

「作戦会議だ」

「わざわざ抱きしめる必要はないでしょ⁉いいから離して――」


 ジタバタと身体を動かすから、さらに強く抱きしめた。


 華奢な身体だな。

 身体は強張っているが、抵抗を諦めたかのようにおとなしくなった。


 しっとりとした体温が伝わってくる。

 

 トトノ・ノノという教師——吸血鬼がなぜクロエを襲っているのかはわからない。


 どうせ聖女だかなんだかよくわからないが、そんなことが関係しているんだろう。


 しかしいずれにしたって、どうやら先ほどの感じだとクロエを殺すことはないはずだ。


 生捕りにしなければならない理由があるはずだ。


 一方で、俺はこのままいくと殺されるのがオチだろう。


 ルインズの話題の時にも感じたがトトノ・ノノという吸血鬼は自分の目的以外に興味がないようだからな。


 たとえ誰が死んでもどうでもいいような素振りをしていた。


 父上の命令のように吸血鬼は保護したかったが……そんな話を聞いてくれる状況でもない。


 だったら殺すしかないだろ。


 そのためには少しばかり、お姫様から魔力をもらうとしよう。


 直接触れて魔力だけを吸い取るのは調整が難しい。

 が、そんな悠長なことを言っている場合ではない。


 大人しくなったクロエから少しずつ魔力を吸い上げた。


「――⁉」


 クロエは戸惑ったように息を呑んだ。

 徐々に身体から力が抜けていくのだろう。

 俺の胸元に寄りかかるようにして身体を預けた。


「――ん」と喘ぐような甘美な声をあげて、呼吸も乱れてきた。

 トロンとした瞳が俺を覗き込むように見上げた。


 このくらいの魔力を貰えば十分だろう。


 俺はクロエの身体から離れた。


「とりあえず一連の迷惑料はもらったが、これくらいは許してくれ」


「——っん」と潤んだ瞳が一瞬細められた。そして乱れた呼吸を整えるように深呼吸をした。それから、キッと睨んだ。

「私の身体から魔力を奪ったのですか」


「勝率を上げるためには、仕方ないことだ」


「そうですか……チューヤ様だって隠し事しているくせに——」

何かぶつぶつとつぶやいたが、クロエは一方的に続けた。

「言いたくないのでしたらそれで構いませんが、今後、急に抱き締めるのは禁止ですっ」


「ああ、わかっている」

「ほんとにわかっているんですか?」

「今は、どうでもいいだろ」

「はあ……もういいです。それで勝機はどれくらいだと思いますか?」

「まあ、五分五分だろ。しかし——」


 俺はクロエへといくつかの指示をした。

 終始クロエは呆れるような表情で俺の話を聞いていた。

 そして最後には小さく口元に笑みを浮かべた。

 

「わかりました……その作戦に賭けてみましょ」


 俺たちは小屋から出た。

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