第27話 クズは腹黒王女に呼び出されてしまう
放課後の図書館棟。
一五階建てであり、数々の蔵書が眠っている場所。
地上階では巷で流行っている小説から魔術書を配架されており、どうやら地下数階にわたって禁書が保管されているなどと言われている。
流石に禁書類は、位の高い魔術司書が厳重に管理しているらしい。
そのため、基本的には一般の学院生は地下に入ることも許されず、閲覧することはできない。
紙の古めかしくもありほこりっぽい匂いとが建物内に充満しており、僅かに寒さも感じさせる。
何か違和感を感じるが一体全体なんだろうか。
何段あるのか数えることが億劫になるほどの階段の数だろうか。
いや違う……誰もいないんだ。
この図書館等に足を入れてから、誰一人ともすれ違っていない。
俺の足音が僅かに反響する。それ以外に人の痕跡を感じさせる生活音が一切聞こえてこない。
すでに五階に着いたところだが、やはり誰の気配もしない。
それにしたって、一人もいないのは明らかにおかしいだろ。
この王国学院の生徒たちは誰も本を借りないとでもいうのか。
ましてや試験期間中だというのに、人の気配がないのはおかしいを通り越して、違和感を抱かせるのには十分だろ。
それとも――誰かによって人為的にこの図書館に入れないように施されているのか。
例えば、人払いの結界か……?
いや、この原因を作り出しているであろう人物は明らかだ。
右手に握りしめたこの手紙の差出人——クロエだ。
遡ること数時間前のこと。
シニカちゃんから釘を刺されてからの数日間、これといって変化はなかった。
いや変化といえば、クロエが学院を休んでいることくらいか。
まあ、それも当然だ。なんせ護衛の一人に襲われたのだから、安全が確保されるまではしばらく王宮で軟禁されることになったらしい。
それにどうやらルクレチアが王宮へとクロエのお見舞いに訪れたら、いつもにまして警備が厳しかったらしい。
『ほんと、わたしがクーちゃんを襲ったりするわけないのに、わざわざ時間をかけて魔術のチェックするとか意味不明だったわよ』
などとニャーニャー煩わしい声を教室で愚痴った。
仕方なく俺はその愚痴を横えへと聞き流していると、ルクレチアから手紙を渡された。
『これ、くーちゃんからあんたにだって』
『お、おう……』
どうやら放課後に図書館棟へと来い、ということをそれはまた遠回しにそして丁寧な言葉で綴られていた。
バカにするのにも程がある。
これではまるで恋人と密会するための甘い言葉のようではないか。
……この手紙が誰かの手に渡った暁には、俺の人生は破滅することが確定するだろう。
——なんせ『私の愛しい人』などという枕詞が俺の名前の上に付けられていたのだから。
しかも懇切丁寧に、差出人の名前——クロエと自筆の署名入りときた。
そう、つまりだ。
これはクロエからの脅しだ。
ルインズがクロエを襲った犯人である以外にも、やはりまだ別の真相がある。
それを明らかにするまでは俺を逃すつもりはない、そういう意思表示なのだろう。
そんなことしなくても、こんな中途半端な状態で逃げ出すわけなんてないのに、あの腹黒王女様は何もわかっちゃいない。
俺は何段もある階段を登りながら、そんなことを思った。
∞
最上階へとたどり着くと、視界に一気に色が入り込んできた。
赤、青、黄、緑、知らない花の植えられている庭園だ。異国情緒な木々も植えられている。天井には星座の形に何かしらの装飾が散りばめられている。壁面にはステンドグラスが敷き詰められており、外からの光が差し込むことで神秘的な雰囲気を醸し出している。
そのような庭園の中央にクロエの姿があった。
ベンチに腰をかけて手元の本へと視線を落としていた。
ゆっくりと近づいていくと、俺の気配に気がついたようだ。
クロエは、手元の本——おそらく魔術書を閉じてから顔を上げた。
「ごきげんよう」
「ああ……てか、なんだこの手紙の『愛しい人』ってのは?」
「ふふ、ちょっとした遊びですよ」
クロエはおかしそうに笑った。
……くっそ、王宮のスキャンダルに巻き込んで、俺の人生を狂わせるつもりか。
お前の退屈な生活を彩るために、道化師を演じるなんてまっぴらごめんだ。
いや、まあいい、こんな腹黒王女のお遊びに付き合っている場合ではない。
「それで用件はなんだよ。流石に昼間に密会するのはリスクが高いだろうから、とっとと解散しようぜ」
「ふふ、そんなに急がなくても大丈夫です。ですから……ここの庭園はどうですか?図書館棟の最上階にこのような場所があるなんて驚きましたか?」
クロエは辺りを見渡して尋ねた。
どうやらこのお姫様は、ご歓談を楽しみたいらしい。
ほんといい性格をしていらっしゃる。
「ああ、知らなかった。学院はよくこんなところに庭園を作ろうと思ったよな。手入れとか大変そうだろうに、こんなところに作ろうだなんて言ったのは誰だか知らんが——」
「入学前に私が提案しました」
このお姫様はさらっと国家権力を私利私欲のために使ったことを告白しやがった。
それになぜか誇らしげな表情さえしている。
てか、入学前とはいえお姫様である自分が狙われるかもしれないのに、よくも呑気に庭園造りなどに人員を割いていたものだな。
学院内の護衛に人員を割くと言う発想はなかったのか。
いやそもそもこのお姫様の頭の辞書に『危機感』という言葉が入っていないのかもしれない。
そんな俺の内心など歯牙にも掛けないというように、クロエはきょとんと首を傾げた。
「気に入ってくれましたか?」
「ああ、そういうことにしてくれ」
「ふふでは、これからはここで落ちあうことにしましょ」
「まあ俺はいいが、大丈夫なのか……盗聴される危険性はないのか?」
「問題ありません。この庭園には人払いの結界魔術を三重に施しています。それにそもそもこの図書館棟の最上階といえば——良い噂もありませんからね」
「どういうことだよ」
「つまり、この学院の生徒たちは誰も近づきたくないということです」
「ますます意味がわからん」
「あら……流石にチューヤ様も社交界に顔を出していなかったとはいえ、ご存知ありませんか?図書館棟といえば、先の魔族と人族の大戦時に魔族を拷問する場所として使用されていたんですよ。例えば、今私たちがいるこの場所は、魔族の幹部を生きたまま十字架に吊し上げて、手足に釘を打ち込んで尋問した場所だそうです。他にも、禁術の実験台として———」
「へ、へーそうだったのか」
おいおい、いくらファンシーな庭園に作り直したって、こんな縁起の悪そうなところに作るとかこのお姫様の頭はやはりおかしいだろ。
公務のしすぎで頭ぶっ壊れているんじゃないか。
「まあ、そんな事実はほとんどないんですけどね」
「そ、そうか」
「ふふ」とクロエはおかしそうに口元を隠した。
こいつ絶対わざと俺をビビらせて、反応を楽しんでいただろう⁉
……いや待てよ。
今、こいつは『そんな事実は「ほとんど」ない』と言わなかったか。
いや、深入りするのはやめておこう。
寛大で寛容なチューヤ・ベラニラキラは、大人な対応をするのだ。
「コホン……それで、今日集まったのは、これからの方針を話し合うと言うことでいいんだよな?」
「はい」
「この一週間、何か動きはあったか?」
「いえ、王宮でも特に何も起きませんでした」とクロエは小さく首を横に振った。
「そうか……」
何もなかったのか……
だとしたら、本当にルインズが犯人なのか。
これ以上、何も起きない……?
いや仮に犯人がルインズであったとしても普通の人間が自然発生的に吸血鬼化することなんてあり得るものなのか。
誰かの手によって後発的に身体を変えられてしまったのではないか。
しかし、そんなことできるのだとしたら、相当高位の魔術師だろう。
もしかしたら禁術だって使用しているかもしれない。
その時——クロエの若干落胆した声が思考を遮った。
「実は一連の出来事は全てルインズ・ディケイズが首謀者ということでお父様——国王は処理をするようです」
「これ以上、証拠……調べる意味がないということか……?」
「ええ」
「不満か?」
「不満というよりも、一連の私の身の回りで起きた出来事との整合性が腑に落ちません」
「……整合性ね」
「はい。例えば、あの時——基礎魔術実技の講義です。あの時、クリスタルによって魔力を増幅する実験の最中でしたよね。魔力に耐えられなくて、クリスタルが暴走した可能性を真っ先に疑いましたが——もしかしたら根本的に間違っていたのかもしれません」
「どういうことだ?」
「初めからあの場所――校庭の中央に魔術が施されていたのではないでしょうか?」
「……なるほど。これまでの講義で実技は校庭の中央で行うことは分かりきっていた。それにあの講義を受講している生徒はすでに皆の前で魔術を行使する姿を一度見せている」
「はい、ですから高位の魔術師であれば、誰がどのような魔術の波長をしているのか特徴を容易に把握できますよね」
「そうなると……例えば、校庭自体に魔術と呪いをあらかじめかけていたのだとすると……クロエの魔術の波長と別の誰かの魔術の波長がぶつかり合った時に爆発する条件に設定することもできたということか」
「はい、おそらく……クリスタルはあらかじめ囮だったんです」
「そうか、誰も爆発が起こった場所自体には目を向けることはない。魔力を増加させるためのクリスタルそのものに原因があると思うから――」
「そうです、わざわざ誰も校庭自体に原因があるとは考えず、調べることもありません」
「……やはりあの時、野次馬をかき分けてでも魔術の痕跡を探すべきだったか」
「何かあったのですか?」
「いや何かあったと言うわけではないが、お前がルクレチアとキーラに連れられ、保健室へと向かった後、校庭に野次馬たちが集まってきた。もしかしたらあの混乱に乗じて痕跡を消したのかもしれない」
「そうですか……」
「いや待てよ。そもそも校庭自体に魔術の痕跡があっても誰も気にしない。毎日のように講義で魔術が使用されているんだから魔術の痕跡があちらこちらにあるのは当然だしな。不自然な魔術の痕跡など腐るほど残っているのが当たり前なんだよ。こんなことはすぐに気がつくべきだった……」
魔術の痕跡を隠すならば、魔術の痕跡が存在して当然のところに隠すに決まっている。
初めから魔術的な仕掛けを隠す気なんてなかったんだ。
しかし……どこか違和感が残る。
ルインズが単独で魔術を設置していたとしても、そのような準備をする時間はあったのか。
いや、そもそもあの時、ルインズ・ディケイズはあの講義を受けていたのか。
それにあの爆発事故があった際に、近くにもいなかった気がする。
もう一つ気になる点がある。
あの爆発事故が起こる前、クロエはすでに魔術を行使していたはずだ。
そうなるとクロエの魔術に反応する場合、一度目で爆発してなければ不自然ではないか。
……ダメだ。何か足りないのかもしれない。
クロエは若干気まずそうな表情で言った。
「でしたら……もう一度校庭に行ってみませんか?」
「確かに調べ直す価値はあるか」
それに……心眼を使うことで何かわかるかもしれないしな。
「そうですね……」とクロエは僅かに思案した後で「今夜、いかがですか?」と言った。
「別に構わないが、深夜の学院に潜り込むことなんかできるのか?」
「それは問題ありません。以前も忍び込んだことがありますから!」
クロエは屈託のない笑みを浮かべた。
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