第26話 クズの知りたくないこと
いつぞやの高級そうなソファーに腰をかけて、シニカちゃんは黒い髪をかき上げた。
おまけに相変わらず見た目の幼さを裏切るような傲慢な態度で俺を睨みつけた。
「それで、昨日何が起きたのか説明しろ。心眼持ち」
「だから説明した通りですって。ルインズが成り損ないの吸血鬼で、俺とお姫様を襲ってきたんですよ」
「ふん、そんなことはわかっている。襲われる理由に心当たりがないのか、ということを聞いている」
「いや、そうは言っても……」
王国学院の教員棟、最上階に位置する部屋。
学者の研究部屋というよりは貴族の屋敷のように派手な家具や豪華なカーペット、高級感のあるソファーが配置されている。テラスにつながる少し開けられた窓からは心地の良い風が吹き込み、紫色に染められたカーテンが僅かに揺れた。
それらの場違いな調度品の数々に視線を向けてみたが、何も良い言い訳が浮かんでこない。
「まあいい。質問を変える。心眼持ち――お前は腹黒お姫様にその能力を知られたか?」
「あの時……仕方なく心眼は使いました。でも俺が心眼持ちであることはバレていないと思いますよ」
「ふん、どうだかな」
シニカちゃんは足を組み直した。それから「これを見ろ」と言った。
その瞬間、今まで部屋のどこにもなかった棚が部屋の隅に現れた。
高位の空間魔術だ。
シニカちゃんは棚に触れることなく棚から一冊の魔導書を取り出した。
浮遊魔法だろう。空中に浮かんだままパラパラと魔導書のページが捲られ、止まった。
黄ばんだ一枚の紙が俺の目の前に風に乗って漂うようにやってきた。
「……なんですか?」
「腹黒王女の魔術検査の結果だ」
「教師が生徒の情報――重要機密を俺なんかに見せてもいいんですかね」
てか、クロエの情報なんて明らかに国家機密だろ。
そんな大事なものをおいそれと俺に見せるなんて……絶対にろくなことにならないだろ。
「ふん、構わん。それよりもよく見てみろ」
「えー見ないとダメですかね?」
「ゴタゴタうるさい」
うわー。この教師、魔術で強制的に俺の身体の自由奪いやがった。
全然、足が動かないんですけど。
ちょっと、頭が勝手に黄ばんだ紙を覗き込んで——
「っく……わかりました。自分で見ますんでとりあえず魔術を解除してください」
「初めからそうしていろ、この馬鹿者」
シニカちゃんは呆れたような声で、魔術を解除した。
……ああ、もうほんとこの教師きらいだ。
それで紙には何が書いてあるのやら……
「……『光属性に適正あり』そして――聖女っ⁉」
「ふん、これでお前も王家の秘密を知ったことになるな」
シニカちゃんはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
この教師は俺という平凡な生徒の輝かしい将来を潰すつもりか⁉
心眼持ちということだけでなく国家級の機密を知ってしまったことで、さらに厄介な問題が増えてしまったではないか。
これじゃあ、ぽろっと口を滑らせた暁には王国が抱えている暗部にまで命を狙われるだろう。
いや、とりあえず今は、急速に暗闇に飲まれそうな輝かしい未来から目を逸らすことにしよう。
「今回の件……クロエは王族だから狙われていたわけではなく、聖人――聖女だから狙われたということですか?」
「そうかもしれん。が、どこかの誰かが犯人を生捕りにせずに殺したおかげで、その真意はわからんがな」
シニカちゃんは、やけに棘のある言葉尻で言った。
あのお姫様が何かしらの秘密を抱えていることはわかっていた。
しかし……いくらなんでも聖女としての能力を持っているとは思いもしなかった。
いや、その手がかりはあったはずだ。
そうだ。あの時——ルインズとの戦いであたり一面が氷漬けになったにもかかわらず、元の自然の大地に戻されていたこと。
あれこそまさに聖女の力を行使したんだ。
癒しの力。
聖なる力。
伝説では魔王と勇者が対決した時、勇者が瀕死の状態から救ったとされる奇跡をもたらすとされる聖女。
この一連の騒ぎ……なるほどね。
犯人は王女としてのクロエを誘拐しようとしたのではない。
クロエの聖女としての能力が必要だから襲っているのだろう。
けど、なぜシニカちゃんは俺にこの情報を漏らしたんだ。
「シニカちゃ――先生は、なんで俺にこの情報を?」
「ふん、お前たちがコソコソと立ち回っているようだから手助けただけだ」
「いやいや、以前は首を突っ込むなみたいな雰囲気でしたよね?」
「貴様は馬鹿か。今回の情報を提供したのだからこれ以上、無用な詮索はするなということだ」
「そうは言っても俺も巻き込まれているわけですし……降りかかる火の粉くらいは払いますからね?」
「ほお、貴様の話ぶりではまるでまだ終わっていないかのように聞こえるが?」
「……あくまでも、言葉のあやです」
「まあいい。精々気をつけることだな」
シニカちゃんはこれで話は終わりだというように視線を扉のほうへと向けた。
「わかりました。気をつけます」
とっととこの厄介な問題を解決して、普通の学院生活に戻る。
そのためには、吸血鬼とやらを探し出した方が手っ取り早い。
俺はシニカちゃんの部屋を後にするときにそんなことを思った。
∞
チューヤの気配が完全にかき消えた。
シニカはめんどくさそうにテラスへと視線を向けた。
「そこにいるのはわかっている」
「あー別に盗み聞きするつもりはありませんでしたからね?たまたま連絡に来たら鉢合わせそうになったんで身を隠しただけですから」
一瞬、空間が僅かに歪み、ブラムスは羽織っていたフードを脱いだ。
困ったような表情でブラムスはガシガシと髪をかいて「それよりも、あのように釘を刺すような言い方でよかったんですかね?」と続けた。
しかしシニカは数秒ほどブラムスを睨み、話題を変えた。
「ふん……透明マントとは随分と物騒だな?」
ブラムスは茶化すように「仕方ないじゃないですか。俺、魔力はからっきしですし、道具に頼るしかないんです。それにチューヤと鉢合わせたらまずいでしょ」と陽気な声で答えた。
「まあいいだろ」
なぜかシニカ・ヴァレッタはこれで話は終わりだとでも言いたげに口を閉ざした。
ブラムスはわずかに嫌な予感がして話題を戻した。
「それで、質問に答えてくれませんかね、『蝙蝠の眼』の幹部として」
「答えるも何もない」
「……わざわざなぜ首を突っ込むなだなんてことを言ったんですか?」
「チューヤ・ベラニラキラ——あいつは、やめろと言われたらさらに首を突っ込むタイプだ」
「まあ、確かにこれまでの学院生活を見ていると、そうかもしれませんね」
「ふん、だからあえて『これ以上関わろうとするな』ということをわざわざ言ったまでのことだ。それに我々の思惑はお前たち暗部と一致しているから無用な心配はするな」
「はあ……わかりました、そういうことにしておきます」
ブラムスは一瞬、もしも『蝙蝠の眼』の思惑が我々暗部の気がついていないところで進行しているのではないかと脳裏をよぎった。
しかし、今のところ比較的良好な関係を築くことができている以上、シニカが言ったように無用な心配——いや無用な詮索をするべきではないだろう。
シニカはめんどくさそうな声で言った。
「それよりもお前に頼んでいたあの教師の件で、今日は来たんだろ?」
「あ、そうでした」と言って、ブラムスは茶髪の髪をガシガシと掻いた。そして、懐から数枚の紙を取り出して「一応これでも暗部の諜報部隊の一員ですから、裏どりは完璧です」と言った後、シニカの座るソファーへと近づいた。
シニカは黙って差し出された紙を受け取り数秒ほど目を通した。
「どうやらあまり時間はないようだが——」
「そうっすね」
「しかし、心眼持ちと腹黒王女に対処させるだけの時間はあるか……」
「ええ、ですが前も言ったように、ちょっとばかしあの二人には荷が重いんじゃないですかね?」
「ふん、あいつらの友人として心配しているのか?」
シニカはチラッとブラムスへと視線を向けた。
ブラムスは明後日の方に視線を逸らしてから言った。
「もちろん、友人としての心配もありますけど……実は暗部の上の人たちもチューヤたちが果たして勝てるのか、ちょっとばかり懸念しているんですよねー」
「っち、面倒くさい。とりあえず何かあれば私がフォローする旨を伝えておけ」
「……わかりました」とブラムスは渋々といった感じで答えた。
「ふん」と言ってシニカはこれ以上もう話すことはないという態度で手元の紙へと視線を戻した。
ブラムスはガシガシと髪をかいた。
これ以上、ここでシニカに何かを言っても意味がないことは明らかだった。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
ブラムスはテラスの方へと足を向けた。
太陽が傾きオレンジ色の光が降り注ぐ。
ブラムスは少し顔を伏せるようにしてローブを深く被って姿を消した。
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