第25話 クズは帰宅したい
しばらくしてからルクレチアたちが姿を現した。
なぜかゴシックロリータを着た教師——シニカちゃんを連れて帰ってきた。
「へー無事でよかったわね。それで……クーちゃんに触っていないでしょうね?」
ルクレチアはじーっと目を細めて俺を見つめた。
キーラはなぜか俺を威嚇するように剣に僅かに触れて俺の反応を探っているかのようだ。
まるで『返答次第では今にでも切り捨ててやるんだからな』とでも言いたげな表情だ。
これっぽっちも俺のことを信用していないことを物語っている。
正直、一国のお姫様をお守りしたと言うのにこの扱いは理不尽すぎるだろう。
などと最大限の抗議の声を上げることもできたが、いかんせん疲れていたため言葉を飲み込んで、面倒な白猫と肝心の時に使い物にならない護衛さんを無視した。
シニカちゃんは相変わらず何を考えているのかわからない表情で言った。
「ふん、チューヤ・ベラニラキラ——その間抜けそうな顔をした貴様に私が来た理由を説明しておく」
「いや、結構ですから——」
「タイラー教授は念の為他の生徒たちを監視して森の安全を確保している。手が離せない。だからお前たちの担任教師である私が来てやったんだ、ありがたく思え」
シニカちゃんは、俺の言葉を丁寧に無視して簡潔に説明してくれた。
ちっとも有難いとは思えなかったが今は疲れているから口答えするのも億劫だ。
「へーそうですか」
そのような面倒くさそうな反応から俺の『早く休ませてくれ』と言う隠しきれない内心をあえて無視して、シニカちゃんは嫌がらせをするかのように続けた。
「それで……チューヤ・ベラニラキラ。今までの状況を説明しろ」
シニカちゃんはあたりを探るように見渡した後、また俺へと視線を戻した。
この教師、疲れた生徒を慮ると言う精神を持っていないらしい。
全くついていないにも程がある。
どうせならば、タイラー教授の方が来てくれればよかったのにな。
ため息をこぼしそうになったが、俺は簡潔に事の顛末を伝えた。
もちろんルクレチアたちの手前、心眼や空間魔術を使用したことを除いて大まかな状況を説明した。
「ふん、状況はわかった。それにしても、うまく氷付けの環境を元へと戻すことができたな?」
「いや、それについては……」
俺はクロエへと視線を向けた。するとクロエはキョトンと首を傾げた。
どうやらクロエもルクレチアたちの存在を気にしてなのか、あるいは別の思惑でもあるか。自分の能力について説明する気はなさそうだ。
シニカちゃんは何かを察したかのように言った。
「まあいい……今日はもう遅い。後日、改めて説明をしろ。チューヤ・ベラニラキラ、そしてお姫様もだ、いいな?死体は私の方で引き取る」
「わかりました……」と俺が返事をすると、クロエも「はい」と小さく頷いた。
「あーそれで俺たちの薬草学の試験はどうなるんですかねー?」
ブラムスがガシガシと頭をかいた。
その言葉に釣られてルクレチアが言った。
「確かに私たち一応『ハレハレ草』は採取したから、あと『ホレホレ草』だけなのよね——」
「あ、そのことなのですが……ルーちゃん、ほらあそこを見てください」
クロエは少し離れた樹木を指差した。
「え……?」とルクレチアはポカンとした表情になった。そしてすぐに「ホレホレ草⁉」と驚きの声をあげた。
「お、マジでっ!」
ブラムスはルクレチアの声に釣られるように反応した。
一方で、キーラはなぜか達観したような表情でつぶやいた。
「どうやら……そうらしい」
「ふん、他の試験の代替措置については、後日、タイラー教授含めて私たちで話し合う。どのようにするか改めて連絡をする」
シニカちゃんは付け加えるように説明した。
それから俺たちは疲労した身体で森の入り口まで戻った。
ここまで連れてこられてきた真新しい機械仕掛けの馬車に乗り込む。
ルクレチアが一番に馬車に乗り込み、俺も乗り込んだ。
しかしブラムスは立ち止まっていた。
ガシガシと赤い髪をかいた。
「あー俺、シニカちゃんと話したいことあるから先に帰ってくれ」
「いや、さすがにそれは難しいだろ……ですよね、シニカちゃん?」
「ふん、構わん。ブラムス・ブラウン、わたしと来い」
シニカちゃんは一方的にブラムスを連れて行ってしまった。
騎士科の試験についても確認するつもりなのか。
しかしシニカちゃんは騎士科の講義については関係していないはずだ。
なんのためだ……?
いや、無用な詮索はよそう。
俺はソファーへと腰を下ろした。
チラッと馬車の窓から外を見ると、クロエはキーラとともに俺たちの乗り込んだ馬車の隣に配置されている豪勢な馬車に向かっているようだ。
淡い水色のドレスへと着替い終えて、木々の陰から優雅に歩いている。
チラッと、碧眼の瞳が俺へと向けられた。
『また明日』
そう言っているような気がする。
ほんと……いつになったら俺は寄生先を見つける生活に戻ることができるのか。
吸血鬼が絡んでいるからと言って、安易に首を突っ込んだのはやはりミスだったかもしれない。
まあ今更ながらそんな後悔をしたって後の祭りだが……。
ルクレチアは珍しく俺の様子を心配しているかのように、銀色の瞳がじっと見ていた。
「ねえ、チューヤ……あんた大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「……あっそ。だったらいいけど」
ルクレチアは興味を失ったように、俺から顔を背けた。
俺たちの馬車はひと足さきに動き始めた。
歪な音を立てて、俺たちを学院へと運び始めた。
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