第21話 クズは束の間の休憩を楽しもうとする
生い茂る草木をあしらいながら足をすすめた。
やっと視界が広がった。
一瞬、高原へと出たのかと錯覚するほど広大な空間だ。
「はーやっと休憩できるわね」
ルクレチアは鬱陶しそうに草木を退けて、俺の横を通り過ぎた。それに釣られるように、ブラムス、クロエ、護衛の二人が続く。
「さあ、クロエ様。この木々に腰掛けてください」
護衛の一人——ルインズ・ディケイズはクロエを無理やり誘導した。
クロエはその端正な顔を一瞬だけ歪めたが、すぐに微笑んだ。
「ありがとうございます」
どうやら俺たちの近くに腰を下ろすつもりだったのだろうが、数メートルほど先の木々へと向かった。
チラッと碧眼の瞳がこちらを向いた気がしたが、俺は無視した。
俺は近くの石のような塊に腰をおろした。
——それにしても、うまく行かないものだ。
今から遡ること数時間前。
俺たちは、スワロー・タイラー先生からの開始の合図以降、森を彷徨っていた。
課題の条件である『ハレハレ草』は開始早々にクロエが発見した。
しかし『ホレホレ草』の発見については難航した。
そもそも俺の班で薬草の知識をしっかりと学んでいたのはルクレチアと俺だけだった。
騎士科のブラムスは悪げもなくこう言った。
『オレ、単位合わせのために仕方なくこの薬草学の講義を取っているに過ぎないんだよなーガハハハ』
そのため全く戦力にならないことが確定した。
一方で、クロエの班はというと、クロエ以外全く使い物にならなかった。
理由は単純だ。
護衛の二人――キーラさんとルインズはクロエを護衛するために周囲に気を配っており、そもそもこの試験自体を真剣に受けるつもりなど微塵もないようだった。
いつぞやの密会の際に、クロエが健気にも護衛たちの周囲からの評価を気にしていた。
しかし、どうやらそのような主人からの気遣いは、当の護衛二人に気がついてもらうことはできなかったようだな。
ふん、ざまあみろ。
などと一瞬だけ思ったのだが、にっこりと笑みを浮かべたクロエからの視線に気がついたため、気持ちを切り替えることにした。
け、決して、後々の制裁を気にして逃げ出したわけではないのだ。
単に……そう、試験中に関係のないことに注意している無駄な時間などないと思ったから、気持ちを切り替えたに過ぎないのだ。
……コホン。
いずれにしても、戦力外の多いパーティ。
この状況から俺、ルクレチアとクロエが代わりがわりに魔術を行使しながら森のどこかに生息している『ホレホレ草』のありかを探知していた。
当然、魔術を使い続けているのだから疲労もするわけで……
果たしてあと1日で『ホレホレ草』を発見することなんてできるのだろうか。
そんな前途多難な状況を憂いて、しばらく木陰で涼んでいた。
すると、クロエが口元に笑みを浮かべなら、俺に近づいてきた。
そして静かに隣に腰を下ろした。
フワッと金色の髪が舞った。
「『ハレハレ草』は簡単に見つかりましたが、『ホレホレ草』は時間がかかりそうですね」
「そうだな……前もって森の入り口近くの『ホレホレ草』の生息場所だけ荒らされているとは思わなかったな。あのスワロー・タイラー先生、何者だよ」
「スワロー・タイラー先生は……かつて優秀な王宮魔道士長でした」
「マジか……とびきり優秀な人じゃんか」
「はい、ですが……私が幼少の頃に職を辞したようですね。私もこの学院で再会するまで彼の所在を知りませんでした」
「そうだったのか……てか、それで用件は?まさかこんな雑談をしたくて、わざわざあの護衛たちのピリつく態度を無視して近づいてきたんじゃないんだろ?」
「ふふ……ではこれをどうぞ」
クロエはターコイズブルーの一欠片の石――いや魔石を俺に差し出した。
どうやらこの魔石を受け取れということらしい。
魔石を握ると……なるほど、魔術が施されている。
『念話用の魔石か……キーラとルインズに聞かれたくないことでもあるのか?』
『ええ、少々困ったことになりました』
『なんだよ……スゲー聞きたくないんだけど』
『実は……護衛が他に三人ほどいましたが、連絡が取れなくなりました』
『最初の方は森の入り口にいた奴らのことだよな』
『やはり気がついていましたか……』とクロエは何かを言い淀み、そしてすぐに『あの二人のどちらかが手にかけたのでしょう』と淡々とした声で言った。
『どちらも見回りと称して一〇分ほど交代で周囲を散策していたよな』
『はい、ですから――』
クロエがはっきりとした声色で何かを言いかけたときだった。
ズドン、ドーン。
地響きが二回ほど遠くの方で鳴った。
「なんだっ⁉」
ブラムスが驚いて寝転んでいた身体を上げた。
ルクレチアはなぜかぷいと俺とクロエから視線を逸らしてから「ちょっと……えっと、ブラムスと……キーラさんっ!一緒に見にきましょっ!」と焦ったように声を上げた。
ブラムスはブツブツと「こんな早く動く予定だったか……」とつぶやくのが聞こえた気がした。
そして何かを納得したように、ブラムスはガシガシと茶髪の髪をかき上げた。
なぜか俺だけを見ているようだった。
「よくわからんが……そういうことだから、お前らはちょっと待っていてくれっ!」と言い残して、ルクレチアの後を急いで追った。
「ああ、わかった」
俺が返事をするとクロエもまた「はい……お願いします」と小さく頷いた。
キーラはルインズに近づき、何かを呟いてから駆け出した。
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