第20話 クズの裏で暗躍するものたち(2)

 次々に生徒たちが森の中へと誘われていく。

 そんな光景を横目にスワロー・タイラーは長く伸びた顎髭を触った。


 強い風が吹いて、ザーザーと森が鳴くような音を立て——数千匹ほどの黒い蝶たちが一斉に舞った。


 薄暗い森の奥から黒い日傘をさした女の子が現れた。

 黒いゴシックロリータに身を包んだシニカ・ヴァレッタの小さな姿だ。


「教授……奴らに何も言わなくてよかったのか?」

「ヴァレッタ殿……」とスワロー・タイラーはわずかに思案してから続けた。

「々——『蝙蝠の眼』はあくまでも『心眼』と『聖女』を覚醒させるだけです。彼らに余計な情報を与えて混乱に陥れてしまうような本末転倒は避けるべきです……ヴァレッタ殿も同じ意見をお持ちだと思いましたが?」

「……」


 シニカ・ヴァレッタは一瞬、思案した。


 やさぐれた心眼使いと腹黒王女をよりその気にさせる方法があるのではないか。

 あるいは暗部を利用してもう少しだけ楽に立ち回ることができるのではないか。

 しかし結局、今更そんなことを考えたところで計画はすでに動き出している。

 だからこそ他の方法を考えたところで意味のないことだった。


 仮に今から教え子たち――チューヤ・ベラニラキラに何かしらの助言をしたところで、吸血鬼もどきが紛れ込んでいる事実に変わりはない。


 それに今回の実施試験の間に、吸血もどきが姿を表して何の抵抗もせずに問題が片付くこともないだろう。


 だからこそ単にチューヤたちを直接的に支援してもあまり意味がない。


 それこそ彼らを混乱させるだけで『心眼』と『聖女』を覚醒する時間を先延ばしになってしまうかもしれない。


 やはり今回の件……彼らを吸血鬼もどきと対峙させる方が手っ取り早いと言う結論しか出なかった。


 シニカ・ヴァレッタは浅く息を吐いてから言った。


「計画通り進めるということでいいんだな?」

「はい……定刻通り爆発を起こして彼らを分離させましょう」

「わかった」

「それと、ヴァレッタ殿にお任せしているあの人のご様子はどうですか?」

「残念ながらあまり変化はない」

「近頃は貧民街の市民にも手を出し始めていると伺いましたが」

「奴に関しては、後日、彼ら自身の手で処分させる予定だ。これ以上教え子に手出しはさせん。それに人を実験台にすることは魔術省の掟で禁止されているしな」

「そうですか……しかしながら、彼らに人殺しを経験させるのは少し早い気もします」

「……少なくとも、チューヤ・ベラニラキラはすでに人を殺すのに抵抗を持っていない」


 シニカ・ヴァレッタは、入学試験の際にチューヤの魔力を強制的に引き出した際に自分の力——心眼をコントロールできずに暴走したことを思い出した。


 受験生は面接の前に、魔力を測る透明な魔石へと手をかざす必要があった。


 かつて存在したと言われる『賢者』が創造したとされる『賢者の石』の成れの果て。 

 今では、学院が所有している古めかしい魔石。

 魔術を解析するための魔石。


 そして魔石が投影させた情報を読み取って、簡単な質問を行う面接。

 

 魔力量がどの程度なのか。

 どの魔術が得意で、どの魔術が不得意なのか。


 基本的に、本人の希望通りの学科に入ることができるが、学院では騎士科と魔術科どちらを選ぶ予定なのか。

 これから何を学びたいのか。


 そう言ったことを面接では聞く。

 単なる意思確認をする時間だ。


 だから、チューヤが面接室に入ってきた時、シニカ・ヴァレッタはこれまでの生徒たちと同じように取るに足りない生徒だと思った。


 数年前に飛び級で卒業したベラニラキラ家の長女——マリア・ベラニラキラとは比べるまでもなく、凡人。


 面接までの筆記試験と剣術試験の結果がものがたっていた。


 マリアは身体をまとう魔力量、質ともに洗練れており、そして剣術も一流だった。

 それに対して、チューヤは身体を覆う魔力量が少なく、剣術試験の際に見た印象も地味な剣術だった。


 だからこの最終面接でも単なる意思確認としてのつまらない問答で終わると思っていた。

 しかし、チューヤが手をかざして——魔石が輝き、色とりどりの光源を散逸させた。

 

『『賢者の石』が呼応したのか』


 シニカは一瞬、我を忘れて見入ってしまったが、すぐにチューヤの叫び声が入ってきた。

『うわあああ——-』

『チューヤ・ベラニラキラ、お前……その瞳は魔眼、いや心眼を持っているのか?』

『あああ——-』

『っち、制御できていないのか、『眠れ』!』

『……っぐ』

『この魔石、覚醒していない魔術を強制的に発動させてしまうなんて聞いていないぞ、教授……いや、今はそれよりも——』


 倒れて意識を失ったチューヤを横目に、シニカはひとり呟いた。

 

 チューヤ・ベラニラキラ……おそらく大量の情報が頭の中に入り込んできて、情報の波を制御できていなかったのか。


 そしてもう一つ気がかりなことがあった。

 白髪頭のベラニラキラ伯。

 よくもこれまで『心眼使い』の息子を隠していたものだ。

 現国王に忠誠心を持っているあの男が隠していたからには何かしらの意味があるのは明らかだった。

 

 伝説上の力——『過去と未来、ありとあらゆる事象を見通すことができる』と言われる『心眼』使い。


 さすがに『蝙蝠の眼』の幹部として看過できない。

 ましてや心眼の力を制御できていないため、いつ暴走するのかもわからない。


 シニカは興味本心で、チューヤの黒い髪を撫でるように右手を当てた。

 記憶を読み取る魔術を用いた。

 ここ数年ところどころ記憶が欠損しているようだ。

 しかしはっきりとしたことがあった。


『ふん……まさか領地内で吸血鬼——真相を匿っているとはな。おもしろい』


 シニカは王宮へと申告せずに『蝙蝠の眼』の幹部としての立場を優先させた。


 もとより王国に肩入れしているわけではなかった。

 むしろ『蝙蝠の眼』としての方針が重要だった。

 人族と魔族の関係を崩さないように世界のバランスを取ること。


 使いようによっては、王国を潰すこともできる。

 だからこそ最終的に敵対することになったら、その時はチューヤの能力を有効活用できるだろう。


  

 スワロー・タイラーは厳格な表情で透視の魔術を使った。

 彼ら――チューヤとクロエの姿を捉えていた。

 二人はちょうど森でイノシシの魔獣と対峙していた。


「ヴァレッタ殿がおっしゃる通り、チューヤ・ベラニラキラくんの方は問題ないかもしれませんね。クロエ・クレオメドリアさんの方は……」


「ふん、あの腹黒王女も問題ないだろ」とシニカ・ヴァレッタが答えた。

「そうですか」と答えて、これ以上何も言うことがないと言ったように、スワロー・タイラーは口を閉ざした。


 シニカ・ヴァレッタはこれ以上、ここにいる意味がなかった。

 

 強い風が吹き抜けて、風に揺られてざわざわと木々が揺れた。

 その木々のざわめきと呼応して、いっせいに黒い蝶が舞った。

 枝葉が互いにぶつかり合い、一種の悲鳴のような音にさえ聞こえる。


 すでにシニカ・ヴァレッタの姿は掻き消えていた。


 後に残されたスワロー・タイラーは神妙な面持ちでじっと森を見続ける。


 試験は始まったばかりだった。

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