第19話 クズは試験を真面目に受ける
歪なうねりをあげながら馬車が走り続ける。
先ほどからおそらく馬車の車輪の部品のどこかに擦れるような嫌な音が響いていた。
それに対して馬車の座り心地に関しては快適だ。
おおよそ馬車であれば必ず揺れるはずなのに——振動が全く感じられない。
明らかに何かしらの魔術がかけられているに違いない。
しかし、学院が用意した馬車であるため詳しいことは知らされていない。
元々お姫様であるクロエのみに用意された特別なものだったのかもしれないし、あるいは教授たちの魔術の実験台としての意味合いもあるのかもしれない。
いやどちらか言えば後者の意味合いが強いだろう。
歪な音が時々聞こえてくるため何かしらの魔術を用いた試用運転なのだろう。
要するに俺たちは実験台なんだ。
きっと学院は表向き薬草学の試験を受ける受講生全員にタダで現地まで移動させるという名目で新たな馬車の試行をすることに決めたのだろう。
すでに王都を出発してからは三〇分ほど経過している。
野原のような変わり映えしない景色が馬車の窓から見える。
隣から聞こえるブラムスの「ぐー」というようないささか煩わしいいびきが先ほどから途切れ途切れに聞こえてくる。
そのいびきをかき消すように、向かいに座るルクレチが心配そうな声で言った。
「クロエちゃん、大丈夫だと思う?」
「よくわからんが大丈夫だろ」
「はあ……ちょっとは心配したらどうなの?」とジトーと呆れたようにルクレチアの瞳が細められた。
「お前が何を心配しているのかわからんが、あいつが学年トップの天才であることを忘れたのか?少なくとも俺らが心配する必要はないだろ」
「そう言うことじゃなくてっ!」
「……?」
「あの頭のおかしい護衛と一緒にいるのよ⁉」とルクレチアが声を荒げた。
「なぜ急に護衛が出てくる?」
「あんた、何も気がついていないの⁉」
「何に?」
「あの男――ルインズ・ディケイズとか言う護衛、絶対にクロエちゃんのことを護衛対象以上の存在――女として見ているに違いないわっ!私の女の勘がそう言っているんだから!」
ルクレチア……それは明らかにお前の勝手な被害妄想だろう。
仮にルインズがクロエに懸想していたとしても、たかが護衛の一人が一国のお姫様に相手にされるわけがない。いくら何でも身分が違い過ぎるし、そもそも誰もそんな無謀なことを考えもしないだろう。
なんせ王国からしたらたかが護衛の一人のせいで、お姫様という政治的な重要な駒を無駄にする訳が無い。
それに少ない時間とはいえクロエの人柄に多少なりとも触れた俺からすると、クロエがあの護衛を好きになるとは考え難い。
まあ、俺の勝手な推測にすぎないわけだから、外れている可能性も十分にありそうだが……
「そうか、ルクレチア……お前、疲れているんだな。少し休んでいろ……?」
「ち、ちょっと!何で私を可哀想な子を見るような目で見るのよっ⁉」
「とりあえず俺でもよければ森に着くまで愚痴でも何でも聞いてやるから……ストレスは抱え込まない方がいいとも言うし?」
「べ、別に、私は疲れていないからねっ⁉」
ルクレチアの焦ったような声が馬車内に響いた。
「——なんだ着いたのか?」とゴソゴソとブラムスが瞳を擦った。
はあ……試験場所までまだ道のりがありそうだな。
どこか他人事のようにそう思った。
∞
「それではみなさん、同じ馬車に乗り合わせた人たちが今回の組み合わせになります。各班の人数はバラバラで、それぞれの得意不得意をお互いに尊重しないながら『ホレホレ草』と『ハレハレ草』を持って来てください。どちらもこの森のどこかに生息しています。どこに生息しているかは、これまでの講義で説明してきましたので説明を割愛します。魔物と遭遇することもあるかも知れませんが、今のみなさんであれば問題ないでしょう。今回の課題の期限は、二日間です。二日後の日没までにこの場所へと戻ってきてください。それではみなさん。二日後にお会いできることを楽しみにしています」
薬草学の教師スワロー・タイラーの低く荘厳な声がローブの奥から聞こえた。
かすかにローブ姿の人影が見える程度であるが、きっとタイラー先生は森の入口から少し離れた河川敷に佇んでいるようだ。
そのため何かしらの魔術によって、声の大きさを調節して話していたのだろう。
そしてタイラー先生は説明をし終えて姿を消した。
ブラムスはそれを見計らっていたかのように言った。
「なーチューヤ?『ホレホレ草』も『ハレハレ草』も、どちらも見つけるのメチャクチャ大変じゃなかったっけ?そもそも、俺、生息条件がわかんねーわ」
「湿気の多いところと日差しが差し込むところに生息しているらしいから、まあちょっとこの深い森の中を移動するのは面倒そうだな」
「へーそうなのか……」とブラムスはキョトンとした表情をしたあと、「でも、安心だな!流石、チューヤ!学年二位だけあって、ばっちしだな!」と言った。
「ちょっと、ブラムス!私だってそれくらい知っているんだからねっ!」とルクレチアがない胸を張った。
「お、おう」とブラムスは勢いに負けて頷いた。
「ふん」とルクレチアは白銀の髪を靡かせて、俺をチラッと見てきた。
いや……猫のように構って欲しそうな視線を向けてきても対処のしようがない。
「それよりも、ルクレチア。お姫様とは離れることになるがそれは納得したのか?」
「あんた馬鹿なの?先生は何も他の班と行動してはダメとは言ってなかったでしょ」
「まあそれは確かに……そうだな。てか、それを言い始めたらそもそも『ホレホレ草』も『ハレハレ草』も必ず森から採取する必要はなさそうだがな……?」
「どういうことだよ?」とブラムスが不思議そうに言った。
「よく思い返してみろ。スワロー・タイラー先生は『持ってこい』とは言っていたが『森から採取してこい』とは言ってなかっただろ?」
「ああ、確かに⁉」とブラムスが驚いた。
「そ、そうね。当然私だってそれくらいのこと気づいていたんだからねっ!」
ルクレチアは若干うわずった声を上げた。
「まあ、いずれにしても一から採取しなくても例えば先に見つけた他の班から買い取るかとも良いか――」
「あるいは奪い取るかよね……」とルクレチアはゆっくりと言った。
「ああ、そうだな」
そんなことを話していると、それぞれの班――生徒たちは森へと入り始めた。
「まあ、生徒同士で争うと減点とかありそうだから真面目に探した方が良さそうだな?あーてか、お姫様のことなんだけさ。流石に護衛の数が、あの二人だけでは大丈夫じゃないだろ?さっさと合流しようぜ」
ブラムスの視線がわずかに細められた。
確かに表から護衛している人数は少ない。
一見、先週の護衛の人数から減らされているようにも見える。
しかし、気配探知の魔術では森の入り口から離れたところにさらに数人の気配を感じる。
正直、数人程度護衛が増えただけで吸血鬼に太刀打ちできるとは思えない。
まあ、あの二人のどちらかが吸血鬼に内通している可能性がある以上、俺たちが一緒にいることで時間稼ぎくらいの意味はあるだろう。
「そうだな、とりあえずお姫様のところへ行くか?」
「――ちょっと、そもそもなんでチューヤ――あんたが仕切っているのよっ!」
にゃーにゃーと鳴く白猫――クレチアを無視して、俺はクロエと二人の護衛のところへと足を進めた。
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