第17話 クズは逃避行を試みる

 放課後、俺はばっくれるために最後の講義を終えてすぐに教室を出ようとした。


 しかしながら、俺の思考を先回りするかのように、ルクレチアによって腕を掴まれてしまった。


 そう、それはまるでドナドナと売られていく奴隷のように強制的に連れて行かれた。

 

 そしてルクレチアは開けっぱなしになっていたドアから部屋を覗き込んだ。


「シニカ・ヴァレッタ先生から手伝うように言われて来ました」

「……これはめずらしい。ルクレチア・ボーアさん……おや、それにチューヤ・ベラニラキラくんも一緒ですか……」

「俺は巻き込まれた被害者なんですけど——っ⁉︎」


 ルクレチアのやつおもいっきり肘打ちしてきやがった。

 くっそ、理不尽すぎるだろっ!


「お二人は仲が良いみたいですね」

「いやいや、それを本気で言っているんでしたら、高位の回復魔術師に見てもらった方がいいですよ」

「ちょっと、チューヤ!何が言いたいわけ?」


 まるで『これ以上、余計なことを言ったら殺す』とでも言いたげな鋭い視線で睨んできた。


 いや、この白猫、マジで面倒な性格なんだけど……。

 こんなやつでも見てくれだけは整っているからなおのこと厄介だ。

 

「いや、別になんでもない……です」

「ふん」と言って、ルクレチアは俺からやっと視線を逸らした。


 ノノ先生はいささか俺たちを温かい目で見ていた気がするが、

「……ああ、そうでした!そこの魔石の整理を手伝っていただきたかったんです」

 干からびた茶色いテーブルの箱の上に、びっしりと詰められている魔石の数々へと視線を向けた。

 

 箱へと近づくと、箱には『王宮への提出用』と書かれていた。

 どうやら黒いテーブルに無造作に置かれている魔石たちを茶色いテーブルの上にある箱の中へと入れて行けば良いらしい。


「A組から何人か生徒をお声がけしてもらうように依頼したのですが……まさか一学年次席のベラニラキラくんとルクレチアさんが来てくれるとは大変助かりますね」


「先生、私がきたからにはとっとと終わらせてあげます!」


 ルクレチアはなぜかない胸をこれでもかと強調した。

 おいおい、どうやらこの白猫さんはお世辞という言葉の意味をわかっていないらしい。


 ノノ先生もわずかに気まずそうに視線を逸らして、とっさに言った。 


「いや、まいりましたよー。ほらクロエ姫の魔力暴走の一件で僕の配布した魔石——クリスタルを全て調べるだけでなく、学院の魔石補完室にある全ての魔石も王宮で鑑定することになるなんて困ったものですよ、ははは」


 どうやらその面倒な回収作業を任されたのが、ノノ先生だったと言うことらしい。


 いや、この場合は単に自分が受け持つ講義内で発生したことなのだから、あらぬ疑いをはらすためにも引き受けざるを得ない状況だったのだろう。


 しかし気まぐれな白猫こと、ルクレチアは銀色の長い髪を耳にかけて、チラッとノノ先生の話を無視した。


「先生、この古い魔術書——『賢者の石の錬成について』と書かれている本ですが、確か『賢者の石』の存在は伝説上の話ですよね?」


 トトノ・ノノの端正な顔に似つかわしくなく、頬がわずかにひきつっている。


 はあ……とっととこの面倒な作業を終わらせるか。

 俺は二人の話し声を聞き流すことにして、仕分け作業を始めた。

 


「ええ、ボーアさんがおっしゃるように『賢者の石』はかつて存在したといわれていますが、現在誰かが本当に見たという話はありません」

「そもそも『賢者の石』の伝説って、確かなんでも願いを叶えてくれるって話でしたよね……死者を蘇らせる、永遠の若さや命をもたらすだとか、そんな話ですよね」

「そうです。確かにそのようなおとぎ話は大陸中いくつも残されています。もちろん、何の代償もなしに願いを叶えてくれるわけではありません。例えば『賢者の石』を生成するためには、大量の生き血が必要だともいわれていました」

「え……そうなんですか?」

「ええ、ですが今では大量のただの生き血が必要であるとする説は否定されています。ちなみに、その本に書いてある通りに調合しても『賢者の石』は生成することはできません」


 ノノ先生は俺たちに課されている錬金術の課題のことを見透かしたように答えるのが聞こえた。

 すると、ルクレチアのうわずったような声が聞こえた。


「そ、そうですか……」

 

 白猫はようやく魔石の仕分け作業を行ってくれるらしい。

 ……と思っていたのだが、どうやら俺の予想は外れた。


 銀色の髪を靡かせて、俺の目の前へと移動してきた。

 チラチラと俺の方へと視線を向けてくる。


 『何か話題を振れ』とでも言いたげな表情が視界の隅で見える。

 

 はあ…… 俺を巻き込むなよ。

 全くもって面倒臭い白猫だ。


 俺は作業をやめて、ルクレチアとノノ先生に話題を降った。


「あー、ノノ先生?だったら、なぜ錬金術の講義では『賢者の石』の模造品を作らせるような課題を新入生の期末試験で出題するんですかね……誰も作り方がわからないものをどうやって真似るんですか……?」

「ははは、当然の質問です。毎年、この時期になると頭を抱えた新入生が質問に来ますので、もうこんな時期かとしみじみとするものです……」

「……」

「と、僕の歳を取ったという話はどうでもよかったですね」

「課題の意図としては、調子に乗っている新入生に挫折を味わせるということですか?」

「まあ、そういった意味が全くないといえば嘘になるんでしょうが——」とノノ先生はわずかに苦笑を浮かべた後で「単に、魔術師としての才能を伸ばすためですよ」と言った。


 すると、ルクレチアは納得していないと言った表情で聞き返した。


「それは失敗することが重要であるとか、そういうことを学生に知ってほしいからですか?」

「ええ、ルクレチアさんのおっしゃる通りです」

「へえ……そうですか」


 ルクレチアは興味を失ったようだ。抱えていた古い魔術書を棚に戻した。 


 その後、俺たちは黙々と魔石の仕分け作業に取り組んだ。

 全て終える時にはすでに空には星々が輝いていた。

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