第16話 クズなりの関わり方

 教室に入ると、ルクレチアがクロエの護衛の一人――ルインズ・ディケイズと睨み合っていた。


 ルインズの少し後ろで申し訳なさそうに佇むクロエの姿があり、その光景を囲うように1時限目を履修しているクラスメイトたちが押し寄せていた。


「ブラムス、なんだこの状況は?」

「おお、チューヤか」


 ブラムスは茶色の髪をガシガシと掻いた。そして、周囲の生徒たちに聞こえないように小さな声で言った。


「いや、いつものようにルクレチアさんが、挨拶しようとクロエ様に近づいて――そしたら、ルインズが急に『クロエ様に近づくなっ!』と抜刀したんだよ」


「意味がわからん」


「いや、俺もよく知らないんだけど……ほら、なんか昨日さ王宮内でゴタゴタがあったらしいから、それで護衛のルインズくんもイラついているんじゃねーの?それに、平民地区内で意識不明の女の子が見つかったらしい」


「……そうか」


 クロエの少し俯く表情から察するに、クロエ自身は、ルクレチアを避けたい訳ではないようだ。大方、護衛であるルインズくんが大袈裟に警戒して、極端な行動を取っているのだろう。


 護衛がピリピリとした雰囲気で教室内にいたら、学院の生徒からしたらいい迷惑に違いない。しかし、ルインズくんは、そんなことを歯牙にも掛けていない。というよりも周囲に気を配るだけの余裕がないほど追い詰められているような雰囲気だ。


 下手に口出しをするようなことでもないし、何より朝から面倒なことに関わりたくもない。


 俺は教室の後方へと向かった。


 すぐにルクレチアの「もういいわよっ!」とか何とか言う声が聞こえてきた。そして、すぐに「ふん」と言って、ルクレチアは俺の右横にどんと座った。


「おはよ、チューヤ!」

「朝からご機嫌斜めだな」

「あの護衛、ほんと意味わかんないっ!私はクロエちゃんと一緒にいたいだけだって言っているだけなのっ!それなのに――」

「……」


 触らぬ神に祟りなしだな。


 ルクレチアの話を聞き流し、クロエの様子を見てみると、ついこないだまでのようにポツリと前方の席に座った。その少し後ろにルインズが座った。そして離れたところ――教室後方にローブを羽織った数人の魔術師たちが座っている。


 以前よりも後衛と言っていいのかわからないが、クロエを後ろから守ろうとする人数が増えている。


 おそらく昨夜、勝手に抜け出したこととこれまでの何らかの事件に巻き込まれている状況を鑑みて、王宮お抱えの魔術師の護衛人数を増やしたのだろう。


 ただ、個人的にはあまり意味のあることのようには思えない。


 そもそもクロエは現段階で学年主席の魔術の使い手である。それに、吸血鬼が学院内でこれ以上、深刻な事態を引き起こす可能性は考え難い。


 犯人自ら警戒レベルを上げておいて、クロエを学院内で再度襲うような面倒なことは到底考え難い。仮に犯人が意図している場合は、何かしらの目的があるのだろうが、わざわざマッチポンプ的なことをしでかす理由が何なのかは想像もつかない。


 ……学院内での治安確保は、護衛たちに任せれば良いだろう。


 むしろ、俺の考えるべきことは、今月末に行われる『薬草学の実地試験』の方だ。


 もしも俺が犯人であるならば、きっとクロエが王国――学院から離れる隙を狙うだろう。試験自体を受けるからには、魔術にて学院生以外が替え玉受験できないように制約を科せられることになるからだ。


 そのため、貴族の力――例えば、王家の力を使用する場合、そもそも受験自体を避けることで、試験当日の魔術的拘束から逃れ、試験自体を未受験にすることで問題ないわけだ。


 まあしかし、クロエは権力を使用するが嫌いらしいことは昨夜のやりとりで理解したわけだから、当日試験をほっぽり出すようなこともしないことは明らかだ。


 そのような仮定をすると、やはり警戒しなければならないのは、薬草学の実地での中間試験中だろう。


 護衛が何人ついてくるのか知らないが、試験中に側で付き添うのはおそらく、学生の身分である護衛の二人――キーラとルインズに違いない。


「ねえ、私の話聞いているの?」

「……?」

「だから――」とルクレチアは教師が来るまで、一方的に愚痴をこぼした。


 俺は時々聞いているふりで「ああ」「そうか」「それは大変だな」などと適当に相槌を打った。


 

 それからの1週間、学院内では特に変わり映えのない生活が続いた。


 特にこれといった事件は起こらなかった。


 相変わらず、学院内外でのクロエの護衛はきっちりとその職務を全うしていた。それこそ、ルクレチアが話しかけようとする度に、護衛――特にルインズがクロエの前へと身を差し出していた。


 当然、ルクレチアはそれを無視してクロエへ声をかける。

 すると、護衛――ルインズがさらに威嚇する。

 そして、ルクレチアは、イラつきながらさらにクロエへと近づく。

 それを阻止するように護衛――ルインズが『近づくなっ!』と声を荒げる。

 結果、両者は爆発寸前になる。


 まあ、側から見たら漫才でもしているのかと思うくらい同じコントを毎日、いや毎時間のように繰り返していた。


 それこそルクレチアはキーと猫のような鋭い視線で護衛――ルインズを睨み、時には魔術を室内でぶっ放そうとするほどだった。


 流石に見るに耐えかねて、俺がルクレチアの気を逸らすという余計なお節介をすることもあった。


 と言っても、大抵、お人好しのブラムスにその大役を譲った。


 ……決して面倒だとかそのようなことではない。


 そう、俺は平和主義者であり、極力荒事を避けることを信条とする人間だから仕方のないことだ。


 まさに適材適所というやつだ。

 

 だから、自分にふさわしくない役割なんか担うべきではないんだって思う。

 

 その日、ルクレチアがついにルインズにキレて室内で魔術を行使しようとした。


 当然、俺はルクレチアを止めようとした。

 そんな時に限って不幸が起きるものだ。


 ルインズはニヤッと口元を歪めた。


『シニカ・ヴァレッタ先生!あいつらが、クロエ様を危険に晒すんですっ!』

『ほお、私の講義がこれから始まる前に魔術を室内で行使するなんて、よっぽど退屈しているみたいだな、ルクレチア・ボーア?』

『い、いえ、これは——』

『ふん、それと——お前!なにこっそりと遠ざかろうとしているんだ、チューヤ・ベラニラキラ?』

『いや、俺は二人のいざこざをとめようとしてですね——』

『御託はいらん。チューヤ・ベラニラキラ、それとルクレチア・ボーアは、後で魔石保管室まで来い』


 シニカちゃんは俺たちに有無を言わせないように威圧的な魔力を周囲に放った。


 ルクレチアは悔しそうに下唇を噛んで黙り込み、教室の奥からはこちらの様子を心配そうに伺うようなクロエの視線と合った。


『ごめんなさい』


 通信魔術を使っているわけでもないのに、そう言っている気がした。

 

 はあ……くっそ面倒なことに巻き込まれた。

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