第14話 クズと教師の関係
「それで、先ほどの騒ぎはどういうことか説明してくれるのだろうな、心眼持ち?」
「そう言われても……」
俺の回答に納得いかないのだろう。
シニカ先生は胸の前で腕を組んだ。
遡ること数十分前。
講義は中止となり俺たちはA教室へと集合するように指示された。
そこで『最も冷静に状況を説明することができそうな生徒はいないか』というシニカ先生からの問いかけがあった。
案の定、誰もが『よくわからない』という要領を得ない口ぶりだった。
シニカ先生は教壇の前で意味深に呟いた。
『目が良い学生はいないんだな?』
白々しいにもほどがある。
半ば強制的に立候補するように促してきやがった。
教師のくせになんという強引な手段を使いやがる。
威圧的な視線から逃れることができず、俺は渋々手を挙げることにした。
そして現在、学院の研究棟の最上階であるシニカ・ヴァレッタの個室に半強制的に呼び出されていた。
「いや、シニカちゃん――」
「私をちゃん付けするなと言っているだろ!」
シニカ先生はキッと俺を睨んだ。
「す、すみません」と俺が謝ると、シニカ先生は高級そうなソファーの上で足を組み直した。
シニカ・ヴァレッタ。
身体は成人を迎えていない少し背の低いただの女の子のように見えるが、高明な魔術師――魔女である。
元々は東方の貴族の末裔であり、その時に何かしらの魔術で身体の成長が止まり、見た目と年齢が一致していないらしい。
が、そこら辺の詳しい事情はよくわからない。
入学試験時に心眼の存在がバレたものの、そのことを誰にも言わずに隠してくれている。おそらく王国とは独立した魔術師集団――蝙蝠の眼の幹部としての何かしらの目的があるのだろう。
蝙蝠の眼は、歴史の裏で様々な事件を引き起こしてきたと言われる集団だ。
かつて国王を暗殺した、隣国の皇子を麻薬付けにして廃人としたなど、色々ときな臭い噂が流れている連中だ。
今では魔族と人類の和平条約を締結するのに暗躍していたなどの嘘か本当かわからない都市伝説も流れていた。
胡散臭い秘密結社がわざわざ俺に絡んでくるのは正直めんどくさい。
十中八九、俺を利用しようとしているくらいは察しがつく。
だから下手に深追いをする気もないし、これ以上関わりたくもないというのが正直なところだ。
しかし、そんな俺のくだらない思考を見透かしたようにシニカ先生は本題へと入った。
「……まあいい。それよりも先ほどの件について説明しろ」
「正直、俺だってよくわからないんですが……」
「お得意の心眼はどうした?」
「いや、シニカち――先生だって知っていますよね?使用時の制限というか、等価交換的な犠牲を支払わないといけないこと……それもいまだに法則性がわからないからおいそれと使えませんよ」
「ふん、入学試験の際にもそんなことを言っていたが、未だ成長していないのか?心眼を持っていても使えないのでは宝の持ち腐れだな」
「余計なお世話――」
「なんか言ったか?」
「――っ⁉」
おいおい、この人――教師のくせして生徒の顔面に浮遊の魔術でガラスの破片を打ち込んできたんですけどっ⁉
とっさに風の魔術で壁に受け流したけど、一歩遅ければ俺の顔は血だらけになるところだったんだが……⁉︎
シニカ先生は涼しそうな顔で口元をニヤリと曲げた。
「っち、まあいい。質問を変える。お前はなぜ魔術の暴走が起きたと思う?」
「『なぜ』って……そりゃあ、おそらくクリスタルに魔術が施されていたからでしょ?」
「他にわかることは?」
「そうですね……クリスタルに小細工ができるとなると、犯人はあの二人に近しい学院の関係者でしょうね」
「ふん、そのような痕跡はなかったが?」
「犯人が高位の魔術師だったら、痕跡だってある程度は隠せるんじゃないですかね」
「ふん、そうなると有力候補は数人しかいなさそうだな?」
シニカ先生は黒い瞳を細めて、険しい表情で俺を見た。
……なるほど、そう言うことか。
現状、あの講義を履修している中で事故を引き起こした二人と同じクラスであること。
またお姫様と接する機会も増えて、高位の魔術を使える者となると……。
ある程度力を隠しているとはいえ、俺が怪しいということなのだろう。
つまり、シニカ先生は、魔術の爆発を引き起こした犯人として俺が最有力候補ということを言いたいらしい。
「一応、言い訳をしておきますけど、俺が犯人だったらわざわざ魔術の暴走を引き起こしておいて、あえてクロエの身を助けるなんていう筋書きを実行しないでしょうね」
「どうだかな?」
「俺が犯人じゃないとわかって言っていますよね……?」
「私がわかっていようと他の教師たちや王宮魔道士の奴らはそうじゃない。奴らはお前のことを探るだろうな?」
「でも――」と口答えしようとしたが、シニカ先生は強引に話し続ける。
「入学試験の時には庇ってやったが……魔術検査をされたらどうするつもりだ?心眼持ちであることだってバレるぞ。ついでに空間魔術を使えることも知られるだろうな。そうなれば今のように辺境伯の嫡男でいることもできないだろうな?ふん、お前が嫌っている王国に使い潰される人生になるだろうな?」
「……」
「もしもそのような無用な詮索を避けたいなら、今後はせいぜい大人しくすることだな。特に誰かの護衛なんてしている場合か、心眼持ち?」
話は終わりだ、と言ってシニカ先生はめんどくさそうに視線を扉へと向けた。
……なるほど、俺がクロエを護衛というか、監視するために近づいていることはお見通しのようだ。だからこそこれ以上無用な詮索を続けて俺の正体がバレないように釘を刺してくれているのだろう。
しかしシニカ先生のこの様子では、俺がクロエと接触している本当の理由――この事件におそらく吸血鬼が関わっていることについてまでは気づいていないようだな。
「わかりました……気をつけます」
腰掛けている椅子から立ち上がり俺は研究室を後にした。
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