第13話 クズは挽回を願う
数日が過ぎた。
俺とブラムスに向けられた女生徒たちからの冷ややかな視線はだいぶ収まってきた。
と言っても相変わらず、ルクレチアと腹黒王女のクロエからのあたりは強いままだった。
マジで意味わからんのは、なぜか俺にだけぐちぐちとことあるごとに『年上の清楚美人じゃなくて、ごめんなさいねっ!』と枕詞のように言われ続けることだ。
そんなため息をこぼしそうになる午後の講義。
昼過ぎの眩しい日差しが校庭を覆っている。
春風が少し涼しい心地よい空気を運んでくるが、そのような風情を感じさせる余裕はなく、講義が淡々と続いていた。
魔術の必修科目――基礎魔術入門。
講師である男性教師――トトノ・ノノ先生は、何人かの模範生徒を指名した。
そして、それぞれの生徒に魔術を行使させ、その風景を別の生徒たちに手取り足取り『ここは一度詠唱のタイミングをずらした方が良い』など淡々と解説をしていた。
そんな真面目な講義ではあるものの、幾人かの女生徒たちからは甘ったるい空気が醸し出されている。
特に幾人かの女生徒については、講義を受けるその態度は端正な顔をしているノノ先生をうっとりと見ていた。
ノノ先生はそんな生徒からの視線に対して、にっこりと微笑み返してから言った。
「はい、キーラさんとルクレチアさんは戻っていただいて構いません。ご協力ありがとうございました。それでは次です。クロエ様とモーブさん前へお越しください。お二人は初級である火の魔術を使い、反発し合うところを見せてください。そうですね、まずは掌ほどの大きさの炎をお互いにぶつけ合ってください」
「「はい」」
二人は互いに向かい合い、目配せした。
それぞれ片手をかざして、呪文を述べた。
「「火よ」」
その瞬間、二人の掌から火の塊が飛び出し、衝突した。
「はい、お二人ともよくできています。それでは、次に前回の講義でお渡ししておいたクリスタルを片手に握ってください。そして、先ほどと同じように掌ほどの火の魔術を行使してください」
「「はい……」」
「火よ!」「……火よっ!」
モーブさんの声が僅かに遅れたかと思ったら、クリスタルがパッと輝き、モーブさんが前方にかざしている右手――火の勢いが急に強くなった。
「モーブさん、手を上空へかざしなさいっ!」とノノ先生は言った。が、モーブさんは焦っており聞こえていないようだ。
「お、おい」
「なんか変じゃないか?」
周りの生徒が騒ぎ出した。
クロエは何かの呪文を唱えたようだが、はっとした表情になった。
まずい――爆発する。
おそらく……魔術無効の呪いがかけられているのか!?
ああ、こうなったら衆人環視の中だが使うしかない!
『移転』
勢いの増した火――いや炎の塊がすでに迫ってくる。
左手でクロエの華奢な肩を引き寄せ、右手を前方へかざした。
『土よ囲え!』
俺とクロエを囲うように土の壁が形成された瞬間、ジューという音が土の外側から聞こえた。
「まったく――間に合ってよかった」
「あ、ありがとうございます……」
「怪我はないか?」
「ええ」
「時間がないから手短に言う。とりあえず、四方を土で囲ったから俺が移転したことはバレていないはずだと思う。だから、クロエが土魔法を使ったことで頼む」
「はい」とクロエは俯いた。
「それと、魔術の暴走については――夜にでも確認しよう」
「……はい」
クロエがつぶやいた。
見たところ怪我はなく大丈夫ではなさそうだ。
ただ、クロエは心あらずと言った表情で上の空だ。
徐々に慌てる生徒たちの声が増してきたようなので、俺は『移転』をして木陰へと出た。
校庭の中央では、ノノ先生がモーブさんに寄り添っているようだった。おそらくノノ先生が颯爽とモーブさんを庇ったのだろう。
てか、モーブさんのノノ先生を見る目が乙女のようだ。
いや、明らかに桃色のハートを周囲に撒き散らしている。
おいおい……モーブさん、あんた一国のお姫様を怪我させそうになったんだぞ。少しは焦ろよ。こんな時に別の意味で心をドキドキさせている場合ではないだろ。
そんな甘酸っぱい光景とは対照的にルクレチアは土魔法を解除し、バラバラと土の壁が崩れ落ちて中からクロエを引き出した。
その瞬間、キーラが「クロエ様っ!お怪我はありませんか!?」とクロエを強引に連れて校庭から離れ始めた。
おそらく保健室へと向かうのだろう。
その姿を見届けてから、俺は校庭の中央へと足を踏み出した。
騒ぎを聞きつけたのだろう。
すでに、別クラスの生徒や講師たちも校庭へと近づいてくる気配がある。
俺はトボトボと校庭の中央へと歩いて戻った。
それにしたって、なぜノノ先生はクロエを守らずにモーブさんを優先させたのか。
その疑問が僅かに頭の片隅に残り続けた。
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