第12話 クズの思考と暗躍するものたち

「さてと、チューヤ!あの約束、果たしてもらうぜ」

「約束……?」


 はて、なんのことだったか。

 

 ブラムスは肩をガシッと掴んで、やや呆れたような声になった。


「おいおい。忘れたのかよ、相棒?」

「急にコソコソと話し始めてなんだよ。てか、近いんだが」

「はー『約束』って言ったら、あれだろ!」

「……?」

「ナンパだっ!」

「……」


 そんな話もしていたか。

 そういえばここ数日間まともに寄生先を探すこともできていないな。


 てか、面倒な二人は放課後勉学に勤しんでいることだし、今日くらいはここ数日の習慣となった不可解な魔術の痕跡がないか調べて回るなんて面倒なことは休んでもいいかもしれない。


 うん、たまには休息も必要だろう。

 そうだ、これは来るべき戦いに備えるために必要なことに違いない。


「よし、行くか」

「おお、相棒!そう言うと思っていたぜ!」

「それで上級生を誘う口実はどうする?俺もお前も今年の新入生の中じゃあ一応、トップクラスの魔術師と騎士だろ?流石に唐突に話しかけるのもな……」

「ああそうだった!くっそ、こう言う時に『先輩、教えてください』大作戦が使えないなんてっ!」


 ブラムスは大袈裟に頭を抱えて、膝から崩れ落ちた。


 いやいや、そこまで悲壮感を漂わせる必要ないだろう。

 しかし……確かに『わからないところがあるから教えてほしい』といえば、心優しい先輩方はすぐに手伝ってくれるだろうから、これだ手っ取り早い方法だ。


 他の手段があるとすれば……いや、ちょっと待てよ。


「なあ、ブラムス?」

「……?」

「錬金術の宿題はもう終えたか?」

「いいや、全然手をつけていないぜ」

「そうか……だったら、それを口実にしないか?」

「いいけど……どう言うこと?オレ、錬金術の課題は一人でもできそうだけど?」

「いや、今回の錬金術の課題は『賢者の石』の模造品を作る実験なんだから、きっと去年の先輩たちも同じような課題だったはずだろ。だから、その実験についてアドバイスが欲しいとかなんとか言って、口実を作れるだろ」

「おお、そうだな!その手で行こうぜっ!」


「じゃあ、話しかける相手だがもちろん——-」


「「ロリ巨乳!」「清楚美人!」」


「「——っ⁉︎」」


「ブラムス……いま、なんて言った?」 

「いや、チューヤこそなんて言った?」


「……清楚美人だけど——」

「ハア⁉︎年上と言ったら、ロリ巨乳の先輩一択だろっ!」

「いやいや、何ほざいているんだ——」 

 

 俺たちはこの日の放課後、ナンパすることを忘れて理想の女性像について意見をぶつけ合った。


 放課後の教室で残っている俺たち以外の生徒は、キョトンとした表情で俺たちの白熱した議論を聞いていたらしい。

 

 一方で、俺とブラムスのクールな仮面が剥がれたことで、一部の女生徒たちからゴブリンでも見るような冷めた視線を向けられていることに気がついていなかった。

 

 後日、ルクレチアは『ほんと、気持ち悪いっ!』と何度も俺とブラムスに向かって言った。


 腹黒王女様はなぜか終始笑みを浮かべて『ふふ、殿方なんですが、仕方ないですよ』と言っていたが、碧眼の奥が濁っていた。


 ちなみに、もちろん俺とブラムスの間でどんな女性に話しかけるべきか結論は出なかった。



 学院敷地内――研究棟の屋上。


 講義や研究で使用される薬草やマンゴドラの苗などが植えられた庭園。温室のような小屋も林立している。


 夕暮れの光はすでに夕闇へと変わり、屋上の庭園へと降り注いでいた。


 星々の青白い色と僅かに残る夕日のオレンジ色が混じり合い庭園を照らしている。


 ブラムスはわずかに目を細めた。

 その瞬間――無数の黒い蝶が辺りをヒラヒラと舞った。


「待たせたな、ブラムス・ブラウン」


「シニカ先生……」


「ふん、今は教師として会っているわけではない」


「すんません」


「っち、まあいい……それよりも心眼持ちの様子は?」


「ぼちぼちと言ったところですかね。クロエ姫ともうまく邂逅してくれたみたいですが……」と言ったところでブラムスは言い淀んだ。


「なんだ?」


「いくつかの講義を一緒に受けているんですが……どうやら学院生活では積極的に空間魔術も心眼も使う気はなさそうっすね」


「ふん」とシニカは長い黒い髪をくるくると指で弄んだ。


「シニカ先生……?」


「使うつもりがなければこちらで使うように誘導するしかなさそうだな」とシニカはつぶやいたがブラムスは何も聞き取れなかった。


 シニカはこれ以上言うことは何もないとでも言うように一方的に話題を変えた。


「それで腹黒王女の方は?」


「クロエ姫も同じ感じっすね。やはり光魔術を使えることは隠していくみたいですよ」


「似たもの同士ということか」


「二人とも覚醒を促すならば、俺が奇襲でもしましょうかね?」


「ふん、それはそれで面白そうだが……吸血鬼まがいが動いている。そいつとぶつける方が効率的だろう?」


 ニヤッとシニカは嫌な笑みを浮かべた。

 ブラムスは引き攣る頬を何とか動かして言った。


「チューヤとクロエ姫だけで吸血鬼を相手させるつもりっすか?」


「心眼使いと腹黒王女を成長させつつ、紛い物のの吸血鬼退治をさせる、それだけの話だ」


「いやいや、吸血鬼相手では無茶振りではないっすかね……それこそ吸血鬼は最強の魔族。紛い物といえ不死身すっよ?流石に教師が生徒――それも新入生に与えるような課題からは少し離れてしすぎやいませんかね?」


「死んだらそれまでのやつらだったと言うことだ」


「そりゃあ『蝙蝠の眼』幹部の判断としては、二人を覚醒させるためには正しい方法なんでしょうが――」


「教師としては失格とでも言いたいのか?」


「いや、そこまでは言いませんけど……」とブラムスは困ったように視線を逸らした。そして早口となって続けた。


「暗部としては、チューヤが中立でいてくれるんだったら、無理に覚醒しなくてもいいんですけどね。現国王を支持する王宮派と魔族との和平を破棄しようとする急進派のバランスが崩れなくてすみそうですから。シニカ先生たち――『蝙蝠の眼』だって政治的に余計な火種は起こらない方が良いでしょ?」 


 ブラムスが質問を呈した瞬間、突如として無数の黒い蝶が空中に舞った。

 すでにシニカの姿――気配は消えていた。


「って、答える気はなし……ですかね?全く、前途多難だな……チューヤ?」


 ブラムスの独り言は誰にも聞こえることなく庭園に漂う風にかき消えた。

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