第11話 クズと腹黒王女の距離
それからの数日は特におかしなこともなく過ぎた。
見知らぬ通り魔がわざわざ俺のところにまで接触したきた割には拍子抜けしてしまった。
と言っても別の意味では、おかしなことは起こった。
いや、正確にはおかしなことというよりも変化があった。
そう、クロエはところかまわずに俺、ルクレチア、ブラムスとよく話すようになった。
特にルクレチアと一緒に行動することが多くなり、ルクレチアは俺に絡んでくるので、それに付随するように自然とブラムスともつるむようになった。
正直、腹黒王女様の護衛たち以外で王女様を囲うという意味では作戦通りで良かった。
そう、ここまでは順調だったのだが……。
何を血迷ったのかあの腹黒王女様——クロエは今まで以上にルクレチアといちゃつき始めた。
日に日に百合の成分が増していき、濃厚な香りを周囲へと撒き散らし始めた。
例えば、とある日の昼食。
『はい、ルーちゃん、あーん』
『く、クロエ様、流石に人が少ないとはいえ……ちょっとそれは——』
『わたくしたち、お友だちでしょ?』
『は、はい……わかりました』
白猫——いや、ルクレチアは案外ちょろい女だった。
クロエは口元を僅かに歪めて、明らかにからかっていた。
俺は何も言わずにスルーしてモブと化して、ブラムスとこっそりと席を離れた。
そんなこんなで、ルクレチアはなし崩し的にクロエを受け入れた。
はじめは戸惑っていたものの、今では幼い頃から一緒に育ってきた幼馴染であるかのように接している。
かくいう俺はいうと、最近は寄生先を探すことすらもままならない。
はあ、さっさとこの厄介な問題を解決しないとな……。
俺のことを甘やかしてくれる金持ちの女の子はきっと俺に見つけてもらうのを待っているに違いないのだから……。
∞
「クロエ様、明日の薬学の講義だけどこの後図書館で予習――」
「つーん」とクロエはわざとらしくそっぽを向いた。
「クロエ様?」
「様じゃなくて、普通に名前を読んでくれませんか、ルーちゃん」
「もう……わかったわよ……クロエちゃん」
「ふふ、ありがとうございます」
クロエは満足気に微笑んだ。
そのような光景を横目に、偶然隣の席に座っていた俺が帰り支度をしていると、貰い事故に巻き込まれた。
「それでは、チューヤ様もぜひ呼び捨てでお願いしますね?」
「……いえいえ、なんとも畏れ多い。俺は謹んで辞退致しますよ、クロエ王女様」
「ふふふ」とクロエの口元は隠しきれない笑みを浮かべている。
このお姫様は、異性との距離感もおかしいらしい。
衆人環視の中で、一国のお姫様が、男と仲良くしているとよかならぬスキャンダルに発展しそうなことを予想できそうなものだが……。
いや、口元が一瞬だけ曲がったところを見ると、明らかに俺を巻き込んでその反応を楽しんでいるつもりなのかもしれない。
やれやれ、この腹黒王女様には困ったものだ。
そんなことを考えていると、ルクレチアはなぜかムッとした表情で睨んできた。
「クロエちゃん、このばかを甘やかしたらだめよ?いい、このバカが万が一勘違いでもしてしまって、ストーカー、いえ、求婚などするかもしれないのだから、一定の距離を置いた方がいいわ」
「ふん……誰が勘違いなんかするかよ。この腹黒王女――いっ⁉」
この腹黒王女様、急に人様の足を踏んできたんですけどっ⁉︎
おいおい、暴力的すぎませんかね?
しかもなぜかグリグリと俺の足の甲をさらに踏んできているんですけど……。
てか、地味に痛いのだが。
「おいおい、クロエ王女様。あんたは人の足を踏む趣味でもあるのか?」
「……?」
クロエはキョトンと不思議そうな顔をした。
「おい!なぜ『え、この人何言っているのかしら?』みたいにとぼけ顔しているんだよ⁉︎足を退けろって言ってんだけど!」
「まあ」と今気が付いたかのような驚きの声を上げた後で、直ぐにシュンと申し訳なさそうな上目遣いになり、「申し訳ございません。間違えて踏んでしまったようです。今、治癒魔術を使いますので、足をお見せになって」とわざわざ清楚そうに控えめに言った。
「良いのよ、このばかの足なんか気にしなくても。どうせ、このバカはクロエちゃんにわざとふまれたくて、足を置いた変態なんだからっ!」
「なんでそうなる⁉ルクレチア、お前さっきから俺に当たり強くないか⁉」
「ふんっ」とルクレチアは腕を組んで顔を背けた。銀色の長い髪が僅かに舞った。
この白猫……
最近、俺に絡んできていきなり魔術をぶっ放さなくなったかと思っていたが、どうやら元々交戦的な性格らしい。
まったく……勘弁してくれ。
「ふふふ」とクロエはおかしそうに笑った。
「なんでしょうかね?」
「いえ、お二人は恋人のように仲がよろしいんですね」
……ん?
このお姫様は今なんと言った?
恋人……だと?
「「……はい⁉」」
「……ふふ、息ぴったりではないですか」
「「真似するな(しないでよ)!」」
「ふふふ」とクロエは楽しそうに笑った。
キッと、鋭く細められたルクレチアの瞳と視線があったが、すぐに逸らされた。
この白猫は恥ずかしがっているのか?
若干、頬が朱色に染まっているようにも見える。
……調子が狂う。
「も、もういい……わ、私は先に図書館に行くからっ!」
ルクレチアは焦ったように声をあげて、急足で教室を出て行ってしまった。
クロエは若干気まずそうに乾いた声で答えた。
「ふふ、少し揶揄い過ぎてしまったようですね」
「わかっているんなら、自重しろよな?」
「そうですね、すみません」とクロエはしゅんと俯いた。
初めての友達で距離感がわからないのだろうか。
ったく、迷惑をかけてくれるものだ。
とりあえず、話題を変えるか。
「今日の護衛は?」
「学生一人と後は……」とクロエは教室の後方へと視線を向けた。ちょうどトトノ・ノノ先生が講義後の質問に答える形で女性たちに囲われているところだった。相変わらず端正な顔で質問へとスラスラと答えている。数人の女生徒たちはうっとりとした顔で話を聞いている。
へー意外だな。あの魔術教師はモテているんだな。
俺だって最高の寄生先――
「そちらではありません。その前です」とクロエがジーっと俺を見ていた。
「ああ、手前か」
手前に視線を戻すと、青年らしき魔術師がローブを羽織って座っている姿が映った。
なるほど。最近のクロエの護衛は生徒1人と大人1人がツーマンセルで行動しているらしい。
学院の生徒としてキーラかルインズが交代で護衛を担当しているのはわかっていたが、大人の方は、現役の魔術師と騎士がバックアップについているらしい。
他に規則性があるのかもしれないが、俺にはわからない。
以前のようにキーラとルインズだけがクロエと一緒にいるという状況を減らしたのか。
そんなことを考えていると、クロエがつぶやいた。
「明日、伺います」
「……了解」
「では、私はこれで失礼します」と言って、クロエはペコリと一礼してから教室を後にした。
その後を追うように、教室前方にいたキーラと教室の後方にいたローブ姿の魔術師も立ち上がり、教室を出て行った。
さて俺もそろそろ行くか。
そんなことを考えている時だった。
ちょうどブラムスがニヤニヤと笑みを浮かべて俺に近づいてきた。
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