第10話 クズなりの小賢しい作戦
「ルクレチア様の手――白くて細くて、すごくお綺麗ですね?」
「え……?く、クロエ様、ど、どうなさったんですか?」
ルクレチアはピクっと反射的にクロエに触れられた右手を引っ込めていた。
クロエはまるで恋人に接するかのようにルクレチアの隣にピッタリと寄り添った。うっとりとした表情でクロエは、ルクレチアの華奢な肩にちょこんと頭を預けるような格好になった。
ルクレチアは戸惑うようにあたふたとして俺に視線を寄越してきた。
頬はわずかに赤く染まり、瞳には恥ずかしさのあまり涙を浮かべていた。
『ど、どうにかしてっ!』
俺は首を横に振って『諦めろ』と意思表示した。
すると、ルクレチアは悟ったように下唇を噛んだ。
そんなルクレチアの緊張感など気にも止めずに、クロエはなぜか口元に笑みを浮かべてこちらに向けてウィンクをした。
『ふふふ、上出来でしょっ!』
そう言いたいのだろう。
しかしこのお姫様はこの状況――放課後のテラス席にいることを忘れているのだろう。それに俺たちを囲う衆人環視の中で、百合の花を咲かせていることを自覚していらっしゃらないようだ。
てか……明らかに距離感がおかしいだろ。
いくらなんでもやりすぎだ。
それに護衛の皆さんも何を血迷ったのか、少し離れたところでクロエを見守っている。
中年の騎士さんにいたっては、まるでクロエに初めて友達ができたことに感動の面持ちを隠せないかのように、うるうると瞳を輝かせて、ひっそりと見守っているではないか。
そう、それこそ子鴨を見守る親鴨のように。
あれ……よく見たら、屈強な騎士の後ろの護衛は、涙を流しているではないか。
正直、ここまできたら、クロエが今までどれだけ過保護に蝶よ花よと育だてられてきたのかが、はっきりと伺えてむしろ不憫に思えて仕方がない。
ああ、可哀想に。
お姫様は『ぼっち』だったんだな。
と、なぜかこちらまで妙に感慨深い気持ちになってしまった。
……おっと、危なかった。
今はそんな感傷に浸っている場合ではなかった。
なんせ一応、作戦の第一段階はクリアしたとはいえ、まだ気を引き締めなければならない状況に変わりないなのだから。
そう、その作戦とは——
『初めてのお友だちを作ろう!〜クロエ様は、何人お友だちを作ろことができるかな?大作戦!〜』
というものだ。
この作戦の趣旨はこうだ。
衆人環視の状況を作り上げることで、犯人に危険な行動をとらせないように牽制することだ。
そのために、犯人あるいは犯人に繋がりがあるかもしれない護衛が入る隙を与えられないくらいに、四六時中べったりと誰かしらと一緒にいることで、クロエの誘拐を防ぎつつ、犯人が痺れを切らして何かしらの行動を移したところを現行犯で捕えようというものだ。
いや、どちらかと言えば、おとり作戦とでも表現した方がふさわしいのかもしれない。
何も起きなければ万々歳、起きたら起きたらで犯人に関する手がかり増えるわけなので良い話だ。
まあ、本当のところは、気まぐれな猫のように絡んでくるルクレチアの意識をクロエに誘導させたかった意味合いも含まれているのだが、それはクロエに説明する必要もあるまい。
ふん、せいぜいお二人さんでちちくりあっていてほしいものだ。
その間、俺は俺のなすべきことを行うだけなのだからな!
そんなことを考えている時だった。
隣に座っているブラムスがつぶやくように言った。
「なあ、チューヤ?お姫様とルクレチアってあんなに仲よかったっけ?」
……そりゃあ疑問に思うか。
これまで護衛に四六時中囲まれるように過ごし、誰と話す時も平等に接していたお姫様が、突然ルクレチアといちゃつき始めたら訳がわからないのも当然だろう。
「さあな?でもお姫様を四六時中囲むように護衛する奴らが大人しくなり、お姫様も他の友達と話せる機会ができてよかったんじゃないか?」
「あー、あれか。学院長が入学するときに言っていたことだっけか……」とブラムスは茶髪の髪をガシガシとかいてから「確か『一生ものの交友関係を築くことも学院生活では重要だ』とかなんとか言っていたことか」と独り言のように呟いた。
「ああ、そうだろうな」
「ふーん、まあでもクロエ様には別の意図もありそうな感じだけどな?」
ブラムスは俺に聞こえる程度にはっきりと言った。
こいつが……察しの良いのはいつものことだ。
別に警戒することでもないかもしれないが、ここは無難に受け流しておこう。
「それは……そうかもしれないな。まあ、いずれにしたって俺たちが与り知れぬところだろ」
「まあ……そりゃあ、そうだな!」
ブラムスは一瞬なにかを思案した後で、にやっと笑みを浮かべた。
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