第7話 クズなりの接近の仕方
午後の日差しが照りつける学院の校庭。
必修科目である騎士科の基礎剣術科目が行われていた。
ブラムスが右に重心を逸らした。
そのわずかな重心移動を予期していたかのように、クロエの護衛兼お世話係のキーラ・グロレシアが片手剣にて追撃を放った。
ブラムスの口元がわずかにニヤリと笑みを浮かべ、大剣で受け流した。
一瞬、キーンと耳鳴りのような甲高い音が辺りに反響した。
跳ね返された反動でキーラの重心が後ろに動いたのだろう。
ブラムスが反撃に出た。
勢いよくキーラの懐に入り込む。隙をつくように、木で作られた大剣がキーラを襲う。
キーラの灰色の長い髪が舞い、それに同期するかのように片手剣を振るった。
両者の拮抗した戦いはしばらく続きそうだ。
俺は始まったばかりの模擬戦から背を向けて、クロエの姿を探した。
∞
クロエは優雅に木陰のベンチで見学していた。
碧眼がチラリと俺を捉えてから、ぽんぽんと隣の空間に座るように促した。
「まさかチューヤ様から私にお会いにくるとは思いもしませんでした。昨日の今日でお顔をお見せになるなんて、どういう風の吹き回しなのかしら」
「……こっちにだって色々あるんだ」
「もしかして、ブラムスさんと協力してキーラを私から遠ざけたのかしら……ふふ、まさかそこまでして私と二人きりになりたかっただなんて!チューヤ様のお気持ちに全く気づきませんでした!」
クロエは、口元を隠して大袈裟に驚きの声を上げた。
このお姫様の戯言に付き合っていたら日が暮れるだろう。
俺は話を進めるため、クロエのリアクションを無視した。
「ブラムスは……関係ない。単純に『お姫様の護衛とお前どっちが騎士科で強いんだろうな?入学試験ではお姫様の側近たちは免除らしいから、実際のところお前が負けるかもな』と聞いただけだ。そしたら、偶然、今日の講義に騎士科の必修科目があるのだから驚いた。それになぜか他の護衛たちも休養だなんてな?」
「ふふ、無視するなんてひどいお人だこと」とプクッと頬を膨らませて抗議を声を上げたが、すぐに「それにしても……『偶然』でしょうか……?」とクロエは独り言のようにつぶやいた。
「ああ、偶然だ」と俺が念を押した。
まあ、偶然なんてそんなに起きるはずがない。
キーラの相手はブラムスにさせることで問題なかった。
一方で、ルインズの方は、たまたま薬草学の講義で一緒だった。
俺は『ネムネム草』という睡眠誘発剤を手が滑って間違えて調合してしまった。そして偶然、ルインズくんの水筒に入ってしまったことも仕方なかったのだ。
だなんてこと説明したところで腹黒王女様を調子付けるだけだから絶対に言うものか。
「ふふ、でしたらそういうことにしておきます。それで……私にお話があるのでしょ?まさか本当にご歓談をするためだけに、偶然近づいてきたわけではないでしょ?」
クロエの碧眼が僅かに細められた。
それに氷魔術の微粒子がクロエの身体から流れ出した。
どうやら警戒しているらしい。
昨日はそっちから近づいてきたくせに、こちらから近づくと警戒するとは猫のような気まぐれさもいいところだ。
まあ、そんなことを愚痴ったところで、王族相手にはどうしようもないことか。
こいつら王族はいつだって自分達が偉いと勘違いしているんだ。
期待するだけ無駄だ。
俺は気持ちを落ち着けるように浅く息を吐いた。
「昨日の件だ……もしも犯人の目星がついていないのならば、俺も協力する」
「まあ」とクロエは目を大きく開いた。そしてすぐにおかしそうに口元に笑みを浮かべた。先ほどの冷たい雰囲気が嘘のように人間味のある表情になった。
なんだ?
なぜ俺が協力すると言ったら、こうもあっさり敵対心を引っ込めたんだ?
「そんなに驚くことだったか?」
「ふふふ……いえなんでもありません。ええ、そういうことでしたら、チューヤ様のお気持ちが変わらぬうちに情報交換会を行いましょう。そうですね……できれば内密に行いたいので、今夜、会いにきていただけませんか?」
「今夜という点は問題ないが、場所については……まさか俺に堅牢な守りを誇る王宮――それもお姫様の寝室に侵入しろとでも言うつもりか?」
「ふふふ、チューヤ様ならば可能でしょ?」
「いくらなんでも買い被り過ぎだろ」
「ふふ、でしたらそういうことにしておきます。それでは他の場所でしたら……」とクロエはわずかに思案してから「そうですね……『盗聴の魔術』が無効化されている場所はどこかご存知ですか?」と言った。
「俺の寮室だな。そこであれば一応俺以外の魔術を外部から干渉できないように結界を張っているから問題ない。ただし、持ち込まれたものの魔術を無効化するなんていう追加効果はないからその点は欠点だがな」
「そうですか……」とクロエは何かを思案した。数秒ほどしてから「問題ないでしょう。それでは、私の方から会いに行きますね?」と言った。
「そんな容易に王宮を抜け出すことは可能なのか?」
「ふふ、そこは裏技がありますもの。乙女の秘密です」
そう言ってクロエは口元に人差し指を軽く当てて、ウィンクした。
やはりこのお姫様はいささかお転婆すぎるのではなかろうか。
いつの間にか、キーラとブラムスの模擬戦は終えていた。
キーラが何かに気がついたように焦った表情になった。
駆け足でこちらへと向かってくる姿が見える。
「部屋はサース寮……最上階5階だ。他に部屋はないからすぐにわかるはずだ」
俺はクロエの返事を聞かずに早々にベンチから腰を上げた。
キーラとすれ違った時だった。
「気安くクロエ様に話しかけるな」
そう呟くのが聞こえた。
だから俺は「……善処する」とだけ答えた。
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