第6話 クズはやはり家のしがらみから逃げ出せない

 お姫様に声をかけられるという非常事態のおかげかもしれない。

 その後、一向に寄生先候補を探すことに集中できなかった。


 唯一の収穫といえば上級生のほんわかとする垂れ目の女の子だ。

 名前はメメローズというらしい。


 なんでも実家は骨董品系を取り扱う商会を経営しているらしい。

 俺は大して知りたくもなかったが、天才魔術画家であるホロホロ・ヘッセなる人物の作品について蘊蓄うんちくを聞かされた。


 気がついた時にはすでに遅かった。

 うっとりとする狂気的な瞳が俺を見ていた。


『……あれ、キミ、聞いていたかな?』

「ええ、もちろん!絵画の中に魔物を埋め込めているんでしょ?」

『そう、そう。でね——ワタシもね、好きな人には絵画の中に入ってほしいって思っていて』


 明らかにヤバそうな、いや、ヤンデレの雰囲気をひしひしと感じた。

 そのため退散させてもらうことにした。


『あ、今日、お金持っていなんだったー』と言ってコーヒーサロン代を全て支払ってもらうことにした。


 その後、ヤンデレほんわか先輩(仮)に有無を言わさずに速攻でお店から出て路地裏に駆け込み、寮の自室前へ転移した。


「くっそ、完全にやばい女だったな……ハズレだな。やっぱりブラムスと一緒に行動した方が効率がいいのか……あれ……手紙?」


 どうやら便りがあったらしい。

 ドアの隙間に茶色紙が挟まっている。


 俺は手紙を手に取って、自室のドアを開いた。



 手紙にはフクロウとコウモリの家紋がある。

 おそらく姉上からの便りだろう。


 しかしなぜか手紙から微かに魔術の使用された痕跡が残っている。

 一応、ベラニラキラ家を騙った手紙であるという罠の可能性もあるわけだが、学院の看守が魔術的痕跡のある手紙をそのままノーチェックで生徒へ配達の許可をするとは思えない。


 そうなると第三者による魔術的な罠の可能性は低そうだよな。


 とりあえず茶色の紙を開いた。


 ザラザラとする手触りの表紙だ。


 表紙をなぞるように触れたその時、パッと一瞬、光が視界を包んだ。


「——っ⁉︎」


 手紙が宙へと舞って空中で停止している。


 浮遊し続ける手紙から一筋の光が伸びて白い壁におそらくは姉上――マリアの姿と思われる人物が映された。


 映像の焦点があっていないためか茶色の少し毛先のカールした髪が肩にかかっており、ふわふわと揺れるところが見える。


 数回ほど画面が揺れてから、おっとりとした垂れ目、紫色の唇、色白い顔が映し出された。


 そして音声が流れ出した。



 えっと……理論的には録画されているんだよね……

 コホン……チューヤくん、お元気ですか?

 魔術のお勉強の進捗はどうですか?

 ふふ、チューヤくんはきっと風邪など引かないのでしょうから、その点は心配していません。

 ところで、私はついに投影魔術を完成することができました!

 パチパチ。

 これで映像を遠方まで届けることができそうなのです!そう、今まさにチューヤくんが読んでいるこの手紙こそが投影魔術の完成物なのです!

 お姉ちゃん頑張ったんだよ!

 チューヤくんに褒めてもらいたいなー

 でも、きっとこんなわがままだめだよね。

 ベラニラキラ家の淑女としての振る舞いをしないとお父様に叱られてしまいますもの。

 でもでも、チューヤくんのことが心配で、今回はお姉ちゃん頑張りました!

 次にお家に戻ってきた時には――



 ……ふむ。いつもながら姉上の話好きには困ったものだ。


 とりあえず長くなりそうだからこれ以降は話半分で聞き流した。 


 初めに姉上が言っていたようにどうやら投影魔術を発明したらしい。


 冗長な話から十分に理解できた。


 さすが姉上だ。魔術の天才と言われるだけある。それに騎士としても極めて優秀なのだから、非の打ち所がないとは姉上にふさわしい言葉なのだろう。


 ベラニラキラ家の未来は安泰であろう。


 いやそれよりも――問題は手紙だ。

 いや、手紙というにはいささか不正確だろう。

 姿を投影する魔道具。


 手紙の表面に魔術で映像と音声を記録させて情報を載せているのか。


 ザラザラとする表面に特別な魔術を施しているのだろうが、詳しくはわからない。


 相変わらず映像が空中に投影されている。


 俺が焦点である手紙へと手をかざすと、映像と音声が止まった。しかし未だ手紙自体は空中に浮いている。この間も何かしらの魔術が行使され続けており、映像と音声を一時停止しているのだろう。


 もう一度手をかざすと、映像と音声が再開した。


 ……よく見たら使い方なる手紙が封筒に入っていることに今更ながら気がついた。


 なるほど、クリスタルのようなこのちっこい魔石に姿を録画し、それを魔術式に変換して手紙に書き込んでいるらしい。


 そんなこんなで色々と手紙をいじりながら姉上の話を適当に受け流していると、どうやらやっと本題に入るらしい。



 ――でね、本題に入るね。

 実はチューヤくんに忠告というか伝えておいた方がいいことがあると思ったの!

 お父様がおっしゃるには、はぐれ吸血鬼が王都にいるらしいのよ。

 なんでも若い女の子が襲われているんだって。

 それでね。

 お父様が『チューヤよ。我々ベラニラキラ家と吸血鬼は切っても切れぬ関係だ。ご先祖様から代々守り続けている吸血鬼との共存関係をここで切らすわけにはいかぬ。なんとしても真相を解明する必要がある。もしもくだんの吸血鬼が王都で不審な動きを取っていたら、なんとしても止めなければならない。そして保護し、領地におる同胞と再会させる――』とかなんとか。

 もーやっぱりお姉ちゃんは心配だよ。

 チューヤくんが危険なことに巻き込まれないか心配で心配で夜も眠れないのっ!

 だから――



 どうやらまだ話が続くようなので、俺は再生を止めて手紙を閉じた。

 すると、手紙は光を失いヒラヒラと舞って、絨毯の上へと落ちた。


 ……はぐれ吸血鬼の存在か。 


 一瞬脳裏には、金色の長い髪を靡かせる腹黒王女様の後ろ姿が浮かんだ。


 なんというか……話がうますぎるだろ。

 

 あーくっそ。

 今の時点でお姫様の誘拐未遂事件に関わっている吸血鬼が同一かどうかはわからない。


 しかしながら、はっきりしたことがある。


 もう一度あの厄介なお姫様に会うしかないのだろう。


 父上の命令は釈然としないがはぐれ吸血鬼の保護はするべきだ。


 領地にいる真祖――ヘラの悲しそうな顔が一瞬脳裏に浮かんだ。


 父上よりも一緒に過ごした時間が長い人。

 一緒に暮らし、一緒に魔術の練習をした人。


 そして――数十年前に魔族対亜人・人間との大戦で王国を裏切り魔族側の英雄となった伝説の吸血鬼の真祖の娘。


 俺の――初恋の人。


 父上は辺境伯であるため表立って動くことができない。

 だから俺にこっそりと探りを入れて欲しいのだろう。


 俺は……ヘラを忘れるために、王都に来たんだ。

 忘れるために、寄生先を見つけるんだ。


 できるだけ遠くの場所に行き、ヘラのことなど忘れて過ごすのが一番いいはずなんだ。


 それなのに……これ以上ヘラから離れたくない。

 いや、どうにかして助けたいと願ってしまう。


 ……くそだめだ。

 思考がゴチャゴチャとする。


 ため息を吐きそうになるのをなんとか堪えて、絨毯から手紙を拾いテーブルの上へ

と置いた。


 とりあえず明日どのように王女に接触するかだな。

 この難題をどうにかしないと。


 窓の外を覗くと、すでに夕焼けから夕闇に変わっていた。

 どうやら今夜は満月のようだ。

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