第5話 クズと腹黒王女様による探り合い

 面倒ごとを全力で回避するように、俺は、黙々と講義を受け続けた。

 放課後は、ここ最近の日課である最高の寄生先を発見する旅に出て、校舎を徘徊した。

 

 何せ入学してまだ二ヶ月ほどしか経っていない。

 だから、全生徒を把握しきれていない。

 

 正直なところ、手っ取り早く心眼を使ってしまいたい衝動に駆られる。

 が、その反動で何を代償として差し出されるのかわからないため、おいそれと使うこともできない。

 

 せめて代償の法則性、例えば、数分だけであれば生命力までは削られない、など解明したいものだ。

 

 しかしそんな人生ギリギリの実験をしている余裕もなく……だからこそ、おいそれと心眼を使うこともできない。

  

 将来の寄生先を探すために、自分の命を差し出さないといけないのだとしたら、もうそれは何のために行っていることなのか……本末転倒も良いところに違いない。

 

 そんなどうしようもないほどの絶望感が押し寄せてきて、ため息を吐き出しそうになる。

 

 しかし、輝かしいほどの未来しか待ち受けていないだろう。

 だからこそ、さっさと寄生先、いや――お嫁さんを探すために頑張るしかない。

 

 まるで先の人類と魔族との大戦において、勇者が魔王と戦った時のような熱い思いと決意を胸に秘めて、図書館の中庭を突っきろうとして――回れ右をした。


「ごきげんよう、チューヤ様?」

「――っ!」


 クロエ・クレオメドリアは、一瞬で、俺の目の前に現れた。

 金色の髪がふわりと舞って、微かに石鹸の香りを運んできた。


 おいおい、転移魔術を使ったのか。

 このお姫様が空間魔術に長けているなんて噂は聞いたことがない。


 いや、別の方法で空間転移をしたのか?


 なんだ……よく見ると、手元に小さな銀色のペンダントが握られている。


 銀色のチェーンの先に双頭の鷲が描かれている。

 空間操作系の魔術が行使できる王国秘蔵のアイテムといったところか。


「どうかしましたか?」


 クロエはキョトンとした表情で、首を少し傾げた。

 この王女様が、何を企んでいるのかはわからない。

 が、ここは穏便にやり過ごすしかない。


「いえ、急に、クロエ様のお姿が現れたので、驚いてしまっただけです」

「ふふふ」とクロエはなぜか小さく笑った。

「何かおかしなことを言いましたか?」

「ふふ、無理して敬語じゃなくてもいいですよ?」

「ああ……堅苦しいのは苦手だから、そうさせてもらう。それで用件はなんだ?」

「昨日のことですが――」

「はて、何のことを言っているのかさっぱりわからないが、人違いでしょう」

「……まだ何も言っていませんが?」


 クロエは、ジトーとした視線を向けた。

 ちょっとばかり焦ってしまい、墓穴を掘ってしまったようだ。

 俺は咄嗟に話題を変えた。


「コホン、ところでお姫様が一人で校内を徘徊するなんて、いくら王宮並みに堅牢な守りを誇る学院内だからといって簡単には許されないだろ?いつもドナドナと引き連れている護衛さんたちはどこ行ったんだよ?」


「ふふ……護衛の皆さんには少し中庭にて眠っていただいていますから、ご心配ありませんよ?それに学院の結界は未だかつて外部から破られたことがない、と伺っております」


 クロエはなぜかいたずらが成功した幼い子供のような笑顔を浮かべた。


 この短時間だが分かったことがある。

 このお姫さんはいささかお転婆がすぎるようだ。


 昨日だって一人で路地裏を彷徨い歩いているくらいだ。


 まさか放課後は優雅に一人でお散歩をするのが日課で、その趣味の最中であったわけではなかろう。


 くっそ……わからん。

 このお姫様は何を考えている?


 直接会いに来る理由が、まさか昨日の助けたお礼だなんてくだらないことでもあるまい。


 それこそ単にお礼がしたければ、こっそりと会いに来ずに強制的に王宮にでも王室にでも呼び出せばいいだけのはずだ。


 いや……逆か。

 極秘というか、内密に俺と会いたい理由でもあるのか。


 それこそ護衛たちを振り切って――眠らせてまでも俺に何かを伝えなければならない重要なことなのだとしたら……。


 目の前で笑みを浮かべるお姫様は一体何を考えている。

 きっと今の俺は、怪訝そうな表情をしていることだろう。

 が、そんなことなど歯牙にも掛けないように、クロエは屈託のない笑顔で言った。 


「そんなに警戒することなんてありませんよ?」

「そうか」

「はい」

「それで納得するとでも思ったのか?俺に声をかけた本当の理由は――」

「それをここでお話しするには、いささか心許ないですので、チューヤ様のお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」


 唐突すぎるだろう。

 このお姫様は駆け引きというものを知らないのか。


「いやだと言ったら?」


「ふふふ、そうですね……」と言って少し考える素振りをするかのように、クロエの視線が明後日の方向に向いた。そしてすぐに碧眼が俺を捕らえた。わずかに口元が、笑みを浮かべている。

「ところで、我が国――クレオメドリア王国に、空間魔術師は片手で数えるほどしかいないと聞きます。もしかしたら明日には、人数が増えるかも知れませんね……?」


 おいおい、このお姫様は国民を脅すらしい。

 何が王国の至宝だ。何が穢れを知らない聖女だ。


 全くの嘘っぱちだろっ!?


 それこそ外見は良いが、腹黒い性格の悪女ではないか。

 猫被りも良いところだ。


 これだから王室の奴らは嫌いなんだ。


 例えば、幼い頃に聞かされたお伽話のように……勝手に英雄だと祭り上げ、命懸けで魔王を倒したら、お役御免と言って僻地に厄介払いをする。


 そんなくそみたいなことを平気でする――


「……勝手にしろ。いくらお姫様が言ったところで、移転魔術の使い手がこんなところにいる訳ないと一蹴されるのがオチだろ。それこそ滅んだとされる吸血鬼を探すのと同じくらい空間魔術の使い手を探すのは難しいだろ。……ところで、どこかのお姫様は王族の秘宝を使って移転魔術――空間魔術を使ったようだが、果たして国王様は秘宝が持ち出されていることを知っているのか?」


「ふふふ」とクロエは僅かに頬が引き攣った。


「いずれにしても、俺は移転魔術などという高位の空間魔術を使えないわけだから、関係ないことなんだがな」


「そうですか……でしたらこれ以上、私から申し上げることはありませんが――」

「……?」

「昨日はありがとうございました。チューヤ様のお陰でこの命が助かりました事感謝申し上げます」


 そう言って、クロエは優雅にお辞儀をした。

 ふわっと金色の髪が舞い、シャボンの香りが微かに鼻腔をくすぐった。


 やけに引き下がるのが早いな。

 てっきり証拠を突きつけて強制的にでも俺に『何か』をさせるつもりなのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「そうか……誰と勘違いしているのか知らんが、よかったな。無事で」

「はい」

「じゃあ――」と俺は立ち去ろうとした。


 しかし、ぐっと制服の裾を引かれた。色白く細い指先が俺の制服をちょこんと掴んでいた。


「……まだ何か?」


「もしも……私が助けて欲しいと言ったら、あなたは……私を救って下さるのかしら?」


「王国――お姫様のためならば、辺境伯は従うしかないだろ。そして、辺境伯である親父の命令によって、俺はベラニラキラ家の嫡男として行動することになるだろうな」


「ふふ、そうですか」とクロエは乾いた笑みを浮かべて答えた。そしてすぐに興味を失ったように、俺から視線を逸らした。


「もしも何かあれば――」 


 『俺が協力する』などという柄にもない言葉を吐こうとした時、中庭から慌てふためく声が聞こえた。そのおかげで喉から出かかった言葉を飲み込むことができた。


「姫さまっ!」と金髪の青年――ルインズ・ディケイズが端正な顔に似つかわしくないほど慌てた声をあげている。


「クロエ様!」と灰色の髪を靡かせた女――キーラ・グロレシアの少し甲高い声をあげて、こちらに近づいてくる。


「あいつらに頼れば良いだろ?」

「ええ……そうですね」

「ああ」

「……ではごきげんよう」


 一瞬だったが、クロエは下唇を軽くかみ、何かを言いたそうな表情をした気がした。


 しかし気のせいだったのかもしれない。


 何もなかったかのように、クロエは物陰から中庭へと戻って行った。


 クロエの華奢な背中からは、なぜか寂しげな印象が残った。

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