第4話 クズなりの取り繕い方
「先の戦争より、人間・亜人と魔族は休戦協定を掲げており、現在、クレオメドリア王国内には、人と魔族が混在している。そこで、魔族だけが使用することができる『魔術』と人族だけが使用できる『魔術』が明確にわかってきた。集合的無意識が集まり魔力を表出した『呪い』の類は人間にだけ取り扱うことができる。それに対して、魔族だけが使用できるのは、『悪魔との契約』である。どちらも人意的・作為的に用いることができる訳であり――」
魔術教員であるシニカ・バレッタが漆黒の髪をかき上げた。
さすが大陸屈指の学院なだけはある。
教員のレベルが非常に高く、わかりやすさも兼ね備えている。
入学してから二ヶ月ほどしか経っていないが、それでもレベルの高さに驚かされることばかりだった。
講堂にはおそらく三十人ほどの生徒たちがごちゃごちゃと座っている。
騎士科も魔術科も専攻関係なく、好きな者同士が固まって講義を受けていた。
主席から三十番目までがAクラスに割り振られ、それ以降がB、C、D、Eクラスと順番に割り振られているようだ。
王国学院では、共通で算術等の教養科目を取得する必要がある。
その上で、大きく三つの学科に分かれる。
領地経営や法律等を学び、将来は王国の頭脳となるための官僚科。
王国の治安や秩序を司る脳筋――もとい兵士となる騎士科。
王国の発展に寄与するための魔術科。
そしてさらに学年が上がると、それぞれ専攻が細分化していく。
騎士科であれば、双剣、短剣、長剣等専門となる武器の使い手として訓練するらしい。
一方で、魔術科であれば、自分の極めたい属性の魔術を選択することになる。
その前段階として、教養課程がある。
その間、二年間はクラスメイトと一緒に過ごすことになるらしい。
と言っても、単位制だから全ての教科を一緒に受講するわけではない。
ただ、クラス別に行う講義とやらもあるらしく、その際にクラス分けの意義がわかるのであろう。
いずれにしても学院の意図としては、将来的に国の中枢を担う人材同士を今のうちに交友関係を築かせたいことは明白だ。
そのため建前上、王国学院には俺のような辺境伯――ちょっとばかし位の高い貴族や隣国の貴族、豪商、農民、身分関係なく人脈を築けることになる。
しかし、ここで問題が発生する。
例えば身分の問題があり、実際には貴族は貴族同士、平民は平民同士で交流関係が固まってしまい、流動的ではないことだ。
かくいう俺の状況もまた周囲のクラスメイトたちと同様だ。
講義を受ける時、両脇にはすでに決まった人が腰掛ける。
左隣――ブラムス・ブラウンは机の上でいびきをかいて寝ている。ツンツンとした茶色髪をガシガシとかいて、気持ちよさそうに寝ている。
こいつは一応、騎士科のエリートだが魔術はからっきしのようで魔術関連の必修講義においてはいつも寝ている。
ブラムスが騎士科へと進むことを知ってか、講師たちもまたはじめから黙認している。
というか、この学院の講師たちは基本的に生徒に干渉してこない。
他人に迷惑をかけさえしなければ、講義に関しては我関せずを突き通しているような節がある。
そして右隣――先ほどから黙々と黒板に書かれている魔術式を書き写している女――ルクレチア・ボーアは銀色の長い髪を耳にかけた。
王国の魔術顧問であるボーア家の御息女であり、入学試験総合第三位の実力者。猫のような大きな目が特徴的で、性格は猪のように猪突猛進さを兼ね備えている女。顔、身体は一級品であるが、ことあるごとに俺に突っかかってくる厄介な性格の持ち主であり、真っ先に寄生先候補からは除外した女だ。
そんなことを考えていると、ルクレチアはすっと魔術式の書かれた紙きれを俺の前に差し出した。
「……?」
ルクレチアは、器用に魔術式を書き写しながら、左手でトントンと紙を静かに叩いた。色白く細い指先が紙に触れたままだ。
どうやらここに触れろ、ということらしい。
どうしようもないほどの『触れなさいっ』という圧力に屈して、仕方なく紙の端に触れた。その瞬間、脳内にルクレチアの少し甲高い声が反響した。
『ちょっと、なんで昨日こなかったのよ⁉』
『……』
『さっさと私と勝負しなさいっ!今日こそは、私が勝つんだからねっ!』
『講義に集中しろ』
『はっ?こんなつまんない講義なんかよりも――』
『シニカ先生に盗聴されているぞ』
「……え?」
ルクレチアは、ポカンとして書きかけのペンを止めて教壇に立つシニカを見た。シニカは俺とルクレチアの顔を見て、ニヤリと口元をわずかに曲げたようだった。
『通信魔術を使って私の講義中におしゃべりに興じるとは――今年の入学生は例年よりも優秀なようだ。まだ講義で教えていない魔術を行使できてしまうとは、ほんと勉強熱心で何よりだ……ところで、ルクレチア・ボーア?ぜひとも放課後に私の講義のどこがつまらなかったのか教えて欲しいものだな?』
そして教壇に立つシニカ・バレッタは何事もなかったかのように講義を続ける。
「――っ!」とルクレチアは声にならない悔しさを押し殺した。そして、猫の威嚇のような鋭い視線を俺に向けた。
どう考えても自業自得だろ……。
それよりも気になる存在がいる。
ルクレチアからの無言の圧力を無視して、もう一人の高度な『盗聴』魔術の展開元に視線を動かした。
金色の長い髪と天使のような圧倒的な聖なるオーラを周囲に纏った女――クロエ・クレオメドリア第二王女の好奇心の強そうな碧眼がチラッと俺を捉えるのを感じた。
面倒くさいことになりそうなので、全力でお姫様――クロエに気付かないふりをした。
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