第3話 クズは、厄介な要人と出会ってしまった

 『拘束』魔術で身動きを取れなくなり、馬車から男が転げ落ちた。

 

 おそらく動きたくても、急に動けなくなった身体の変化に戸惑っているのだろう。

 

 ゴキブリのように地面を這いつくばる滑稽な姿をよく見ると、怯えた表情を浮かべた青年だった。


 俺はそのこわばった身体に軽く触れて、生命力を奪う。


「な、何をしたっ⁉︎」

「何をしたって……拘束して、視力を奪っただけだけど」

「な、ふ、ふざけるなっ!ぼ、僕は何もやっていないだろっ」

「ふざけてねーよ。そんなことよりも、そこの地面で死んだ二人組から金でももらって、協力しているというところか?いずれにしても、王国の馬車流通協会から追放されたら、この先この国じゃあ、どこも雇ってもらえないだろ?」

「う、うるさいっ!いいから、元に戻せっ!」


 ジタバタと地面を這いつくばり、くすんだ瞳をどこかに向けてしゃべっている馬車の青年。


 心眼からこの誘拐魔の情報が流れ込んできた。

 こいつもジャケットに名前を刺繍している。

 どうやら、マイクというらしい。


 平民ではジャケットの裏側に自分の名前を刺繍するのが流行りなのか?


 てか、犯罪者がジャケットに自分の名前を刺繍するとか馬鹿なのか?


 或いは、どこかしらの組織の決まりでもあるのか?


 いや、今はそんなことどうでもいい。


 それよりも問題は、こいつの羽織っているジャケットの裏地に、なぜか女物のスカーフのような布切れの一部が大量にそして不揃いに刺繍されているのかだ。


 いや……こんなの心眼の情報を整理するまでもなく分かりきっている。

 これまで襲った女から、尊厳を奪った証のようなものを収集しているのだろう。


 ほんと趣味が悪い。


 これまで心眼から流れ込んできた情報も統合すると、犯罪者と認識して間違いないみたいだな。


 でも、どうするか。

 ここで尋問しても、面倒なだけだよな。


「あー、とりあえず、もう視力が回復することはないから、今後、馬車の仕事は気にする必要ないから安心しろ……?」


「ふざけるなっ!お前、学院の生徒だろっ!さっきチラッと制服が見えたんだからなっ!学院に言い付けてやるっ!善良な一般市民を襲ったってなっ!」

「勝手にすれば?」

「な、なんだとっ!?何もやっていない善良な市民を意味もなく魔法で襲われたと学園と……騎士団にも言い付けるんだぞっ!お前の人生終わりだ、いいのかっ!?」


「はあ、言いたいことはいくつかあるんだけどさ。善良な市民って……『今回に限っての話』だろ?あんた……手伝ったのは初めてじゃないだろ。馬車が出入りできるほどのちょうど良い裏通りで、しかも日中――とは言えないが、日没前なのに人気もほとんどない場所でたまたま乗客を待っていました、なんて言い訳は今更、言えないだろ?」


「そんなこと、し、知らないっ!」


「知らないね?まあ、いいか。それでローブの女を襲うように言ったのは誰なの?」


「だから、知らないっ!何もやっていないんだ!」


 先ほど意識を失っている二人から生命力を吸い取ったものの、ちょっとばかり心眼をコントロールするのに魔力が不足してきたのが気掛かりだ。

 

 今はかろうじて情報量をコントロールできているが、少し急いだ方が良いかも知れない。


「いや、だからさあ?今回は何も知らないし、何もやっていないことはわかったよ。それよりも質問に答えろよ」


 俺はわずかに水魔法で、這いつくばっている犯罪者(仮)に水滴を垂らした。すると、どうでしょう。犯罪者(仮)は「ひっ……!」と震える声になって大人しく話してくれた。


「ほんとに知らないんだ……ま、魔族が俺らの飲んでいる酒場で話を持ちかけてきたんだ!」

「どうして魔族だと思った?」

「おそらく吸血鬼だ!ローブを羽織っていたが、瞳が赤く、牙を持つのが見えたんだ!それしかわからないっ!ほんとだっ!し、信じてくれ!」

「……」


 吸血鬼ね……。

 すでに王国内の種族は絶滅したと思ったが、生き残りがまだいたとはね。


 父上によって領地に匿っている一族がいる。

 しかしあいつらが先の大戦の報復のために、わざわざ僻地から王都まで遠征するわけがないしな……。


 それに身バレする危険を犯すようなヘマもしないだろう。


 そもそも吸血鬼としての能力も封印されていて、ただの人間になっているからあり得ないな。


 そうなると、はぐれの吸血鬼か……?


 先ほど俺に魔術を行使したのも吸血鬼の可能性が出てきたわけか。


 まったく……やはり面倒ごとに発展しそうな予感がする。


 思考を邪魔するように、足元から焦ったような声が聞こえた。


「い、命だけは助けてくれっ!」 

「今、考えても仕方ないか……」


 それ以前に面倒ごとなんかに首を突っ込んでいる場合ではないのだ。

 俺には最高の寄生先を探すという人生最大の目標があるのだからな!


 とりあえずは――『眠れ』と手をかざして、犯罪者の意識を落とした。



 俺は転移してローブを深く被ったままの女性の横へと戻った。

 ローブの女性は恐怖ですくんでしまっているようだ。

 両手で自身の身体を抱き締めるような格好で、微かに震えている。


「お怪我はないです――」


 俺は心眼を解除しないで、そのままローブの女性を見てしまった。

 気づいた時には手遅れだった。


 知りたくもないことを心眼が読み取った。

 その情報とは――この女性の正体が『第二王女』ということだ。


 一瞬にして、情報の波が頭の中に流れ込んできた。


 肌白い手首に巻かれた高級そうなブレスレット。

 ローブの隙間から見えた王家の紋章らしき双頭の鷲がうっすらと刺繍された特別な制服。


 ローブにかけられた魔術行使無効化の呪い。


 そして、靴にかけられている鈍足の呪い。


 ……うん、これは一〇〇%面倒ごとに違いない。


 俺は心眼を解除して、秒速で会話を終わらせようと語尾を強調した。


「――よね?」


「は、はい。お陰様でわたくしの身体はなんとも――」


「そうでしたか!それはよかった。と言うことで、俺はこれでお暇させて頂きますね。あ、ちょうどあなたがお呼びになったであろう宮廷近衛騎士団も近づいてきているみたいだ!と言うことで、問題なさそうだ。ではまた」


「え……?ち、ちょっとお待ちください!まだお礼を――」


 『第二王女』いや違う。ローブの女が何かを言いかけていた。


 しかし、その言葉を無視して、俺は転移魔術で学院寮の自室へと戻った。


「――ったく、これ以上の面倒ごとはご免だからな」


 ローブを部屋の片隅に投げて、ベッドへと身を投げた。


 この時の俺は、とにかく面倒ごとに関わりたくない一心で、とんでもないミスを犯していることに気が付いていなかった。

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