第2話 クズは、柄にもなく人助けをしてしまう
さてどうしたものか。
どうやら迷子になってしまったらしい。
ボーっと当てもなくお金の工面方法を考えてあてもなく歩いていた。すると、いつの間にか王都の路地裏まで来てしまっていたようだ。
今まで歩いてきた薄暗い路地を見渡すと、毒々しい草の置かれている売店や先ほどまで誰かがいたのであろうボロい木の椅子が置かれたままだ。
少し進むと貧民街にたどり着くはずだ。
あれ、何か違和感がある。
そうだ。人の気配が全く感じないんだ。
まるでここら辺だけが、切り取られているかのように……隔離されているかのように思えた。
ああ、そうか。
誰かが人的に魔術で人払いの結界を張ることで魔術の素養のない一般人をこの場から排除しているのか。
いや、でも……僅かに人の気配がした。
前方へと意識を向けると――現在進行形で人攫いが起こっていた。
目の前というのはいささか語弊があった。
俺の探知魔術に引っ掛かる範囲内と言った方が正確か。
念の為、周囲に防御魔術を展開した後で移転魔術を使った。
あたりを見渡すことができる程度に高い建物――レンガで造られた民家の屋根に立った。
やはり微かに声が聞こえた。
「――やめてくださいっ!」
「ふへへへ。今日は上者だぜ兄貴」
「ひひひ、どこの貴族様か知らねーが、俺らを雇った依頼主さんを恨むんだな」
ええ、何、この展開。
王都って、こんなに治安悪いのかよ。
今にでも身なりの悪い二人組が、高級そうな革のローブ纏った女性を引っ張って馬車に身を押しこめようとしている。
いや待てよ。
これは新手のそういうプレイの最中なのか?
……そんなわけないか。
どうやら本気で黒いローブの女性は嫌がっているようだ。
その時、一瞬――ローブの奥から視線が、俺のいる方向へと向けられた。
この距離――数メートルは離れており、それに薄暗い路地にもかかわらず、俺の存在を認識している……のか?
それくらい敏感に人の気配を感じ取れる実力者が無抵抗とは……これ、きな臭い事案じゃないのか。
いやしかし、これはチャンスかもしれない。
高貴な身分を守ったとなれば多少のお金――こほん、お礼はもらえるかもしれない。
だがそれ以上に、拐われそうになる程の高貴な身分であると……やはり面倒ごと――
そんなことを考えている時だった。
「――助けてっ!」
俺の存在に気がついているように、はっきりとこちらに向かって言ったように思えた。
ああ――くっそ、胸糞悪いことこの上ないだろ。
気がついた時には体が動いていた。
移転魔術で馬車の前まで移動して——
「暗闇よ、覆え!」
視界を奪うために、二人組に向かって魔術を使った。
二人の男たちは急に狼狽えて、馬車に押し込もうとしていたローブの女から手を離した。
ローブの女を手繰り寄せた。
女の華奢な身体は、微かに震えている。
「あー、大丈夫ではなさそうだけど、ちょっと待っていてくれ」
こくりと、ローブの女性は小さく頷いた。
すぐに俺は、二人組の男の後ろに立った。
「な、なんだ⁉ど、どこだ⁉」
「あ、兄貴、急に視界が見えなく――」
二人組の男たちは、汚らしい声をあげている。
こんなところで容易に心眼を使うべきではないよな……。
この二人が何かしらの魔術的な力を有するとは思えない。
しかし、もしかしたらこの近くに別のお仲間がいる可能性も考えられるかもしれない。
そうなると、やはり心眼を使った方がいいのか……。
後ろにいる貴族様――十中八九高貴なご身分であろう人物を守るためには、確実を期した方がいいが……。
――⁉
咄嗟に左手で結界を張った。
パチンという音が鳴り、結界が消滅した。
誰かが俺に向かって魔術を行使したのか⁉
「くっそ、これは悠長なこと言ってられないか」
心眼を使うしかない。
一瞬、視界が反転するような目眩がし、情報の波が脳内に押し寄せてきた。
――やはり何度経験しても慣れないこの感覚。
クラクラとする頭をなんとか動かして周囲を探ったが、すでに魔術を行使した人物の気配が全くない。
一瞬で跡形もなく気配が消えてなくなるとは……まるで高位の魔術師のようじゃないか。
先ほどよりも、ものすごく面倒な予感しかしない。
その間にも、心眼は次々と情報を処理して、俺の脳内へと好き勝手に送ってくる。
路地裏の隅に生えた薬草。
近くに止められている少し古びた馬車。
古びたレンガで作られた建物。
腐敗した何かの肉片のような塊。
そして——狼狽える二人の男たちの姿。
二人とも靴は汚れているのに、なぜか羽織っているジャケットは身分不相応に仕立てられている。そのジャケットが翻り、裏側に刺繍された名前がちらっと見えた
狼狽えている背の高い男であり先ほど兄貴と呼ばれていた方は――ジャック。
背の低い方はヤックと言うらしい。
魔力を持っていない一般人か。
どちらも一見ジャケットとズボンは、清潔感があるように見えた。
しかし、裾にわずかについた誰かの血痕と何かしらの液体――シミがズボンについていることを脳内へと送り込んできた。
こいつら、つい最近――レイプとおそらく殺人も犯している可能性があるか。
そういうことならば、遠慮はいらないだろうな。
以前のように心眼の副作用が後からきても怖い。
一瞬、感覚のなくなった左手の小指を見てしまった。
本来であれば魔力をもらっておきたいところだが――どちらも魔力を有していない。
仕方がないが、代わりに生命力をもらっておくことにする。
「お前らの目的は知らんが、とりあえず胸糞悪い光景を見せてくれた罰金をもらっておく」
『眠れ』と魔術を行使し、二人組の意識を刈り取る。
すぐに「は?」「へ?」と変な声をあげて、バタン、バタンと二人は地面へと倒れた。
「あーそれで、逃げ出そうとしているところ悪いのだけど、馬車のお兄さん。お前も共犯だからな?」
「へ?」
間抜けな声が、路地裏に響いた。
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