第1話 クズによるクズのための学院生活
「おーい、チューヤ」
「……ブラムス」
ブラムス・ブラウンの軽い調子の声が背中越しに聞こえた。
ちょうど講義を終えたのだろう。俺の元へと駆け寄ってきた。
騎士科のイケメンは、茶色の髪をアップバングにしており、キラキラとしたオーラを周囲に撒き散らしている。そのおかげで、すれ違う幾人かの女生徒たちがうっとりとした眼差しでブラムスを見つめている。
しかし、そんな熱い視線などこれっぽちも気にしていない様子で、ブラムスは言った。
「今日の座学はもう終わったよな?」
「ああ、ちょうど終わったところだ」
「よし!俺たち二人で、二年生をナンパに行くか!」
ブラムスは、屈託のない笑みで言った。
こいつはデリカシーというものがないようだ。
「おい、少しは声の大きさを気にしろ。一応、俺は、学院入学時の総合成績で次席だし、ブラムス――お前は騎士科専攻の次席だろうが……ちょっとは世間体と言うものを気にしてくれ」
全くこのお調子者は、他人からどのように見られているのかを気にしていないらしい。
取り繕うという言葉を知らないのか。
「おー、そりゃあ、照れるな」
ははは、とブラムスはガシガシと頭を掻いた。
「いや、別に褒めてないからな?」と答えてから、俺はブラムスに僅かに近づいて「それで、ナンパの件を詳しく聞かせてくれ」と声を顰めた。
「おー?なんだ、なんだ?中々やる気満々みたいじゃないか。自分で話題を振っておいてなんだが、そのリアクションは意外だなー。てっきりクールに無視されるかと思ったぜ」とブラムスは僅かに驚きの声を上げた。
「うっせ」
「そういえば、チューヤの夢は『ベラニラキラ家を捨てて隣国のそこそこの貴族か豪商の娘さんのところで寄生すること』だったけ?」
「まあ、端的に言えばそうだな」
もっとも細かい条件を挙げていけばキリが無い。
例えば――――
『もう。チューヤさんたら、私がいないとダメなんだからっ!』
と言って、食事から風呂の用意、領地の経営まで全てをやってくれるお淑やかでそこそこ位の高い貴族か豪商の女の子に養ってもらいたい!
もちろん美女が良いが、それは絶対条件ではない。
顔が良くなくてもいい。
とにかく、甘やかされたい!
俺はベラニラキラ家を世襲して、人生の一生を辺境伯なんかで潰すのは嫌だ。
絶対に魔族との戦争なんかに行くものか。
そもそも辺境の地で魔物と戦ったり、土地の経営や金勘定などしたくない。
悠々自適にのんびりと暮らしたい。
痛いのも誰かのために頭を使うこともしたくない。
そう!俺は楽して暮らしたい!
それが唯一の願いであるし、大袈裟に言えば夢だと言っても過言ではない。
とにかく楽な暮らしという一点をひたすら追い求めるしかない。
やはり王国にいたままでは、何だかんだ言って、ベラニラキラ家の収める辺境地を世襲することになる可能性があるからな。だからこそ、どこか別の国に家出するしかない。
「お、おう、そこまでクズな思考を無意識で口に出すとは……流石の俺でも引くわー。いや、マジで、ないわー」
「は?いつも『巨乳のロリ美少女以外は認めないっ!』とか言っているお前だけには言われたくないからな?」
「いやいや、それくらいは普通だろー。てか、無意識に願望を言うなんて……チューヤ、お前、もしかして辺境地で魔術の練習ばかりして、いや、ちょっとヤバめの魔術――禁術でも使って、後遺症でも患っているんじゃないのか?」
「そ……そんなことはない」
「おいおい、その反応、マジで?」とブラムスは大袈裟に声を上げた。
「いや冗談だ。ただ……輝かしい未来を夢見て、現実逃避するように魔術の勉強に四六時中のめり込んだのは事実だな。『ベラニラキラ家の男として、騎士道を身につけるのだ!』などという時代錯誤なバカ親父……父上からの訓練――いや拷問から逃げるためには仕方なかったんだよ」
「そ、そうか。お前も色々あったんだな?てか、親父と言った後に、父上と言い直す必要あったか?」とブラムスは引き攣った笑みを浮かべた。
「いや、あの筋肉親父との訓練に関しては、『色々あった』だなんて言葉で片付かないからな?」
辺境の地では、いつでも魔物や魔族に襲われないように、粛々と管理しなければならない。
だから、父上に強制的に連行されて、だだっ広い森林と畑と草原と山と川以外に何もないような広大な土地に出没する魔物を狩りに行くしかなかった。
時には、剣一本だけで大蛇の魔物と戦った。
ある時は、食糧なしで遠征と称して、二、三日ほど森の中の魔物を四六時中狩った。
そんなことばかりをしていたから、俺の手は豆だらけになりながら剣術の練習をさせられたものだ。
悠々自適な生活からは程遠い劣悪と言ってもいい生活環境だった。そんなところで訓練させられたのだから、幼い頃のことでも記憶に残っている。
そして――いや、回想はやめておこう。
もうあの頃のことなんて、思い出したくもない。
まあ……それに、ここ数年は記憶をなくしていて思い出せないんだけど。
「な、なんか、お前も大変だったんだな?」
「まあな」
「あ、ほら、お前の親父さんのことだから、騎士科に進学させるつもりだったんじゃないのかよ?だってお前の親父さん、剣聖だろ?」
「剣聖『だった』だ。そこ間違えるなよ」
「お、おう、すまん」
「まあ……俺を騎士科に進学させたかったと言うのはおそらく、そうなんだろうな。それで――」
でも、俺は一心不乱に魔術を覚えようとした。
一刻も早く、あの領地から出て行きたくて――剣術の練習から逃れようと四六時中、寝る間も惜しみなく魔術を行使し続けた。
まあ、天才である姉上であるマリア姉の真似をしていたのが大半だけど。
「いつのまにか、特待生として王国学院へ入学できるほどに成長していた。と言う感じだな」
「急に、話を端折ったな」とブラムスは苦笑いを浮かべた。
ふん、騎士道(笑)は、姉上であるマリア姉か妹であるシーアにまかせるのが一番だろう。
俺は俺のことを甘やかせてくれる、そこそこの貴族か豪商の娘さんと結婚して、怠惰に暮らしたいっ!それだけなんだ!
「まあ、だから、あれだ。うん、とりあえず、金持ちの女の子に甘やかされたいわ」
ブラムスは、なぜか俺の肩にがっしりと手を置いた。
「よし、チューヤ!いや、親友よ!過去に何を抱えていようとこれからが人生だ!そこまで『ナンパをしたい!』と言う使命とも言える運命を抱えているとは思わなかったぜ!」
「いや、ナンパが目的というよりも、隣国からの留学生か豪商の娘さんあたりと知り合いになりたいだけなんだが?」
「いいや、それ以上は何も言わなくてもいい!」
「いや、お前、絶対に勘違いしているだろ?俺は、王国とは違って面倒な派閥などに巻き込まれる可能性の低い隣国からの留学生で、隣国の侯爵か伯爵の娘さん、或いは、養ってくれるだけの金を持っている豪商の娘さんあたりとコネクションを築きたいだけであって、本当に誰でも良いわけでは——」
「うんうん、わかったから、な?これ以上は、何も言うなっ!」とブラムスは俺の言葉を無視した。
明らかにブラムスは、俺の意図を理解していないみたいだ。
だが、そんな細かいことはこの際どうだっていい。
王国学院は、王国の中枢を担う貴族から優秀な平民まで在籍できる実力主義の学校を謳っている。そのおかげで、建前上は誰にでも門戸が開かれている。
そう、俺の輝かな未来はもうすぐそこだ。
そう遠くない内にこの王国学院で、俺の明るい未来は手に入るに違いない。
学院――将来の寄生先を探す最高の出会いの場だ。
辺境伯の地位を世襲したら起こりうる貴族同士の厄介な駆け引きや面倒な政治からはおさらばできる。
だからこそ、この学院に在籍中に、面倒な貴族様からは目をつけられないように適当に受け流し、隣国の留学生か、豪商の娘さんにターゲットを絞ってアプローチしていくしかない。
そんな確固たる決意を改めて胸に秘めている時だった。
「あっ!」と何かを思い出したようにブラムスが声を上げた。
なぜか嫌な予感がした。
ブラムスはこめかみに右手を当てて、数秒考えてから顔上げた。
「そうだ、そういえば!『チューヤを呼んできなさいっ!』と言われているんだったぜ。ルクレチア・ボーアが『私と決闘しなさないっ!』だってさ」
「……またあいつか」
「いやー、すまん。チューヤにはすでに伴侶がいたか!こりゃ、ナンパする必要なかったな!黒髪のイケメン様は、モテて辛そうだなー」とブラムスがバシバシとその馬鹿力で俺の肩を叩いた後、「てか、学院に入学して二ヶ月は経っているし、そろそろお前ら付き合えば?で、ルクレチアに養ってもらえ!」と言ってニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
こいつは、絶対に致命的な何かを勘違いしている。
が、ここでムキになって、俺が否定してもさらに面倒な状況になることは明白だ。
やれやれこれだから恋愛脳は困ったものだ。
ここはあえて訂正はしないで無視しておく方が吉だろう。
「意味わからないこと言っていないで、とっとと場所を教えてくれ。どこに行けばいいんだ?」
「照れるな!照れるな!」とバシバシと、その馬鹿力で俺の背中を叩いてから、ブラムスは「魔術塔のA教室だ」と依然として、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら言った。
「了解。伝言サンキュー」
「もしも振られたら、明日こそはナンパに行こうぜっ!」
ブラムスはサムズアップした。
答えるのが面倒になって無視をした。
魔術塔の方角へと歩き、ブラムスの死角に入ったところで、フードを被り、転移魔法を使った。
行き先はもちろん魔術塔――ではない。
学院の外だ。
当然、決闘などという野蛮な行為をしにいくわけがない。
面倒なことはごめんだ。
そんなことよりも俺には直近の目標がある。
どうにかして隣国の貴族令嬢たちか豪商の娘たちと接点を持たないと行けないのだ。
いやためには、まず当面の間、お金を工面しなければならない。
あの筋肉親父は『騎士たるもの質素に暮らすべし』などとアホなことを言って、ろくに金を仕送りしないからだ。
そのくせ寮代――なんでもベラニラキラ家が代々契約している寮なんだとか言っていたところだけは、維持する金は支払っている。
おそらく騎士科を修了するまで帰ってくるな、という裏の意味も含まれているのかもしれない。
一方で本来であれば、王都郊外に立地するベラニラキラ家の邸宅があり、そこで生活を送ることになるはずだった。しかし、どうやら父上は俺が騎士科に転科するまでそこを利用させてくれないらしい。
しかし俺が騎士科に進むことは未来永劫、絶対にない。
起きるはずがない。
魔術科で適当に勉強して、寄生先を見つけるんだ。
もしも見つからなければ、魔法省かどこかに就職する。
そう俺の未来は、すでに未定じゃない!と言っているのに無視しやがる。
今のところマリア姉がこっそりと仕送りを送ってくれているからなんとか生活できているものの……。
コレではご令嬢たちとデートいや、明日の食事代すらないではないか!
くそ、何がなんでも在学中に寄生先を見つけ出してやる!
はあ、そのためには、とりあえず金の工面方法を考えるか……。
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