クズ勇者と腹黒王女の偽英雄譚〜今日も寄生先を探すために、鍛錬に励む〜
渡月鏡花
邂逅編
プロローグ
ガチャリという嫌な音が少し離れたところから聞こえた。
室内のどこからか差し込んだ日の光が視界を覆った。
一気に押し寄せてきた光の波が、チカチカと視界を揺らす。
それにしてもなぜだか頭の奥を押されているような嫌な痛みが残っている。
まるで大量に酒を飲んで酔っ払った翌日のような気だるさだ。
この感覚は、そう確かあれは……昨年――一四歳の時に間違えて蔵でワインを飲んでしまったあの時と同じだ。
俺は昨日何をしていた……?
酒を飲んだのか……?
目頭を押させようと右手を動かそうとしたが――動かなかった。
何度か瞬きを繰り返すことで、やっと視界が室内――天蓋をとらえた。少し首を動かすと……手首にある違和感と視線を向ける。
なぜか俺はバンザイのような格好でベッドに寝かされているらしい。いやそれよりも、手がびくともしない正体がわかった。
手首に手錠がされている。
そのおかげで、いや、そのせいで両手は天蓋付きベッドの柱にしっかりと固定されている。少し動かそうとすると、ガチャガチャと金属の擦れる音が微かに聞こえた。
監禁されたのか……?
なんのために?
いや、今、色々と考えるのは後でも良いだろう。
とりあえずはこのおかしな状況を作り出した張本人に聞くのが一番早い。
今しがた腰の上あたりに感じた違和感の正体へと視線を向けた。
「ふふふ、おはようございます。チューヤ様。今日も良いお天気ですね?」
「そこを退いてくれないか――クロエ・クレオメドリア王女」
一国のお姫様――クロエが俺の腰の上に跨って、青い瞳が俺を見下ろしている。いつもならば色白い頬は、熱美を帯びたように朱色に染まっている。
口元には僅かに笑みを浮かべていた。引き締まったウエストは、淡いピンク色のネグジュエリー姿を際立たせ、艶かしさをより一層醸し出している。
おそらく学院中の男どもであれば、この状況を素直に受け入れてしまうのだろう。
学院一番――いや、王国一番の美女と言われる女の子から迫られたら、ホイホイと飛びついてしまうのも納得する。
それこそ衝動に身を任せて、繁殖行動を行うのも当然だろう。
しかし、俺――チューヤ・ベラニラキラともなれば、将来の地雷いや最悪、災厄しか待ち受けない女との肉体関係を築くことなんてしない。
そう、絶対にしない。
そもそも自らの手首に手錠をかけて女の子に迫られる趣味――性癖などこれっぽっちも持ち合わせていやしない。
それに――と自分に言い聞かせている時だった。
クロエは桜色の口元に微笑みを浮かべたまま俺の耳元へと顔を近づけた。絹のような金色の長い髪がふわっと舞って、俺の左頬に触れた。
シャボンの香りが鼻腔をくすぐった。
クロエの身体からしっとりとした温もりが伝わってくる。
そして――甘い吐息が耳にかかった。
「い・や・で・す」
「こんな馬鹿なことはよせ」
「ふふふ、今この状況で誰かがこのお部屋に入ってきたらどうしましょ?王室御用達のホテルとは言え……私といることが従業員の誰かによって噂されてしまうかもしれませんね?そうなったら……ふふふ」
「こんなスキャンダルは誰も望んでいないだろ?それに既成事実を作ったところで俺を表舞台に立たせることはできないし、お前だって自由になれることもない――」
「……」
「――だから、とりあえず冷静になれ。そしておとなしくどいて、服を着てくれ」
「ふふふ、やっと見つけたおもちゃを手放すとでも?」
「この腹黒王女っ……」
「あら、そんなこと言われてしまったら――こうなりますよ」
「おいっ⁉」
クロエは俺の耳を甘噛みした。
湿った舌が俺の耳裏をなぞるように動く。「んっ」と何かを押さえるような甘美な声――吐息が耳元にかかる。そして、何かを焦らすように、クロエは一度俺から身体から離れた。
「ふふ、ちょっとからかい過ぎてしまったようです。このようなことは初めてなので、その……加減がわからないものでして」
碧眼の瞳がうるうるとしている。細い指先が何かを確かめるように桜色の上唇に触れた。熱を帯びたように頬が朱色に染まっている。
ぞくぞくとする感覚に溺れてしまわないように、俺はとっさに魔術を使った。
「眠れ!」
「え……?……ま……瞼が重くなって……」
碧眼の瞳はうつらうつらとし始め、辿々しい言葉尻になる。
徐々に、クロエの細い身体から力が抜けていく。
その隙に『解除』の魔術を使う。
カチャ、という静かな音ともに両手首の圧迫感がなくなった。
クロエの身体から完全に力が抜け切ったようだ。クロエの豊満な胸が押し寄せてきた。
俺はとっさに華奢な肩を掴んで、クロエの身体を支えた。
クロエはなんとか睡魔に負けじとゆっくりと瞬きを繰り返している。
「ベッドの上で……魔術を使うだなんて……卑怯なお方……です……ね………」
「ふん、魔術師を侮るな」
「あなたを……必ず……私の……」
「『もの』になるわけないだろ?」
「……ん」
俺の返事を聞くことなく、クロエの瞳は閉じられた。
こくんと項垂れた首、規則正しく繰り返される呼吸が完全に意識のないことを示していた。
やっと眠りについたらしい。
ベッドにクロエの身体を横たえて、高級そうな毛布をかけた。
「ったく、俺の将来は『そこそこの金持ちの娘』と結婚してひもになって、田舎暮らしをすることなんだ。血迷っても王族のお姫様と結婚なんてするもんか」
俺は部屋の隅にかけられている黒いローブを羽織る。
こんな厄介なことになるんだったら、あの時もっと注意深く行動するべきだった。
しかし、今更後悔しても後の祭りであることは明らかだ。
それでもやはり愚痴らずにはいられない。
そんなどこにもやる場のない重い思いを抱きながら、俺はやたらと高級そうな宿を後にした。
あの事件を思い出しながら――
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