第四十話 独りでは決して

 初手は極太のビームだった。大きく開いた髑髏どくろの口内から、圧縮された高濃度のマナ粒子が砲撃となって殺意を撒き散らす。


 即座に回避し、頭部のバルカンと腕部のキャノン砲で反撃。しかしサイズが違いすぎる。分厚い白亜の装甲に弾かれて意味を成さない。


「だったら、白兵戦で仕留めるまでよ!」

[この大きさの敵に? 絶望を前にして頭がやられてしまったのか]

「ぐっ……!」


 ローブ姿の怪人の言う通り、〈カロン〉が振り抜いた直剣は微塵も刃が立たず滑る。反撃に放たれた大質量の骨杭に打ち据えられ、アタシは宙を舞った機体の姿勢制御で精一杯だった。


[つまらない小技はいらない。全力で来い、龍の巫女]

「うるっ、さいわね! 言われなくたって!〈カロン〉ッ!」


 増加装甲の隙間から零れるほどの蒼炎を噴き上がらせて、出力を上昇させる。右腕の駆動炉を回し、拳の先にマナを集中させる。


第一の門、開帳ウシャス・エーカム・ドヴァーラ。大地より昇りて、宇宙ソラより降りる。ここに願い奉る逆理の鉾は回り、廻る。其は抗い、戦い、つかみ取る為のかいな!」


 蒼炎のオーラが鉾の形を取り、空間を揺るがす。オーラの尾を引きながら一直線に白骨の巨人ザッハークへと突っ込んで、正拳突きをお見舞いした。


 直撃した対象をマナ分子のレベルまで分解消滅させる必殺の一撃。


 だが。


「ウソ、でしょ!?」

[足りない……。この重み、この業を祓うには全く以て足りない!!]


 白亜の装甲は健在。オーラは散らされたというより、部位を繋ぐ闇の瘴気に阻まれて呑まれた感じだ。これは。


「吸収能力!? "大百足" と同じかそれ以上の……!」

[アレの上位互換だとも。無効にし、吸収する。つまり前と同じ轍も踏まんというわけだ!]

「冗談、キツいわよっ」


 こういうデカい相手ならどこかにからだを支えるコアのような物があるはずだが、これだけの防御能力ではそれを探すのも困難。ちまちまと削るには手数が足りない。一人で戦う弊害だ。


 …………なぜだろう。なぜ、アタシはこんな時にまで誰かを頼るって発想が出てこないんだ。前世であれだけやらかしておいてそれでもなお、独りでなんでもできる気でいるのか?


 だとしたら、ああ。救い難い馬鹿さ加減じゃないかしら。


[わかるぞ、竜の巫女。貴様のその傲慢さ。強さ故の孤独。せめてもの情けだ、それもここで終わらせてやろう!]


 終わり、か。それも良いかもしれない。所詮、最強の力なんて厄介事を引き寄せる種にしかならない。今だってアタシと因縁があるらしい敵のせいで仲間も街も無茶苦茶だ。


 ならいっそ、ここで自分が消えても―――。


『ハルカ〜! 諦めちゃダメよ!!』

[なんだ……?]


 極太のマナ粒子の砲撃が、動きを止めた〈カロン〉の真横を抜けて敵に突き刺さった。もちろんダメージは与えられていないが、距離を取る隙が生まれる。


 振り返ってみると、支援用の装甲輸送車タンクキャリアーの上から砲撃を行う機体が眼下に見えた。あれは、シャルのWD〈ヨロイ〉だ。


「シャルっ! ここは危険なのよ、今すぐ避難しなさい! 他のランキング上位者を待てばいいんだからっ」

『ううん、もう他の人たちは別の場所での戦いで手一杯だよ〜。だからね、ここにいるのはわたしたちだけなの』


 ダメだ。シャルを巻き込むわけにはいかない、アタシはそんな “弱さ” をみせるわけにはいかない。だって、そんなことで最強を名乗れるわけがない。


『ハルカ〜。まさか一人で戦おうだなんて、思ってないわよね〜』

「お、思ってるわよ。悪い? だって、アタシは一人で大丈夫だもん。誰かに頼らずとも一人で戦える。一人で戦って勝って見せ―――」

『ふざけないでよっっっ』


 突然、シャルの叫びがコクピット内のスピーカー越しに響いた。いつものおっとりとした喋り方を忘れたかのように、鋭く張り詰めた怒声。


 驚いて、危うく攻撃をかわし損ねるところだった。


「ちょ、ちょっとシャル? 突然怒鳴っちゃってどうしたのよ」

『ハルカが……ふざけたことばかり言うからよ。そんなに一人で最強になることが大事? 誰も彼も置き去りにしちゃって、それでハルカにはなにが残るの? 前にも横にも誰もいないよ。振り返ることしかできなくなっちゃうよ!』

「それは……」


 言われなくたって。わかっている。


 このままでは前世と同じ過ちを繰り返すだろうなって。わかっているけれど、やはり己の業を捨てることはできないらしい。転生してなお前世の因縁が追いかけてくるくらいだ。なら、いっそ、果てまで振り切れた方が。


「っ。シャルを、みんなを巻き込みたくないのよ……! それぐらいわかりなさいよ……。みんなに傷ついてほしくないみんなには笑っていてほしいみんなには幸せでいてほしい……! そう願うことがいけないの!?」

『馬鹿にしないでよ、ハルカ。わたしたちがハルカ一人を犠牲にした平和や幸せで喜ぶと思う? カスミさんやわたし、その他のみんなも絶対に喜ばないよ。ありがた迷惑だよ。今ここにいるのは自分の意思なの。あなたと並んで戦いたいの、一緒に幸せになりたいから戦うって言ってるの!!』


 ――――――。


 返す言葉は出なかった。


 アタシ、は。


 気づけば、頬を涙が伝っていた。なんでだろう。悲しいんじゃない、嬉しいんだ。


「シャル……アンタ……」

『だからね? 一緒に戦おうよ。それで一緒に家に帰ろう〜』


 思い返せば、前世でそんなことを言われた記憶はない。いつだって、みんなアタシの後ろにいて。でもそれはきっとアタシがそうさせていたのもあって。ならきっと、今度はアタシの業を張り通すのではなくて、誰かの手を取りに行くべきなのだろう。


 前世とは違うやり方で、違う在り方の『最強』を目指さなくてはいけない。今度こそ幸せに生きるためには。


「……ははっ。シャルったら、いつの間にか言うようになったじゃない。良いわよ、わかったわよ! だけど、アタシについて来れるかしら?」

『それはこっちのセリフ〜。ついて来てよね〜ハルカ!』

[ふん、お涙頂戴の茶番は終わったか? では、今度こそ終いだ。ことごとく灰塵と化せ!]


 白骨の巨人ザッハークが咆哮を上げる。その全身が黒紫色に発光し、闇のオーラで練り上げられた無数のレーザーが放たれた。


『させないから〜!』


 そのあらかたを、シャルが放った全火器によるフルバーストが撃ち落とした。今だがチャンスだ。


「燃え上がれ、〈カロン〉!」


 四肢の炉が高速で回転し、マナの奔流を “炎” と成して迸らせる。シャルの魂より写し降ろした尽きることなき紅蓮。それを拳に纏い、一気に打ち出す。


 紅の拳へとかたどられたマナの爆発が〈ザッハーク〉の装甲の表面に蠢く闇のオーラごと焦がし、焼き貫いた。


【ooooooooooooooooooooooooooooooo!!】

[ちぃ、悪あがきを……。叩き潰せ、〈ザッハーク〉!]

「まずいっ、シャル!!」

『!!』


 暴れ狂う白骨の巨腕が、後方の斜面を滑走中の〈ヨロイ〉に狙いを定める。あの位置では、シャルが回避することは不可能。以前のようにシャルの意識を操るにも距離が遠すぎる。く、そ。


 意味がないとわかっていても、〈カロン〉の右腕を伸ばす。届かないと知っていて、だとしても。


「くそっ……! なんとか、なんとかしないと……!!」

[―――こえをきいてあげて、おねえさん]


 コクピットを越えたどこかから、以前と同じように幼い少女の声が、唐突に聞こえた。


「この声……イザナ? 一体なにを……」

[ほら。きこえるよ。おひさまをせおったとりさんのこえが]


 意味深なことを言う。だが、確かにその “こえ” は、アタシの耳にも届いたようだ。そして、アタシの口は流れるようにしてその存在を呼び出す口上を紡いでいた。


「継いで、次いで、告げる。其はこの世ならざる神秘の具現。其はかつて在りし幻想のカケラ。外典開帳げてんかいちょう式神招来フォーミュラサモン!!」


 次の瞬間。


 太陽の如き一条の灼熱が、戦場のど真ん中に立ち昇った。

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