第三十八話 罠
海岸線の形を変えるほどの大爆発の後。WB〈ギガンテス〉は跡形もなく消し飛び、ローブ姿の怪人は言葉もなくただその場に立ちすくんでいた。戦う意志はすでに失ったのか微動だにしない。
「ふぅ……。終わった、かしらね」
『共闘感謝するぞ、ハルカ。おかげで被害も最小限。上々の結果だ』
「ううん、姉さんの馬鹿げた火力のおかげよ。一撃であれほどの出力なんて、そう出せるものじゃないんだから」
ともあれ、これにて一件落着。あとはローブ姿の怪人を捕らえればそれで事件は終わりだ。そう思って立ちすくむ人影に〈カロン〉を近づける。
[……仕方がない。できれば、この手は使いたくはなかったが]
「? なにをする気かしら。諦めて投降しなさい。アンタのあの式神術に興味があるから、仕組みを教えてもらうわよ」
[おめでたいな。全ては我が盟主の見立て通りだというのに……。まあいい。残念だけど、ここでこの戦いを終わりにしよう]
ローブ姿の怪人が次の行動を起こす前に確保しようと、マナを練って捕縛用の糸を張り巡らせる。逃げ場などない万全の体制だった。
――――――――――。
声なき悲鳴、苦悶の意思。大地から迸った情報の濁流に邪魔される。
マナの制御どころか、意識さえ保っているのがやっとなほどの凶悪な “揺れ” 。込み上げる吐き気を抑え込み、周囲にマナのセンサーを張るもののノイズが強すぎて状況がわからない。はっきりしているのはこれも敵の仕込みであるということのみ。
「なに、を、したの、よ……!」
[終わらせると言ったはず。今ごろ首都には大量のWBが押し寄せている。最大戦力である貴様、炎と水の覚者がここに居るということは守りは薄く、落とすのも容易いだろう]
嘘だ。ハッタリだ。そう否定しようとしたアタシの言葉を機体内に飛び込んだ通信が遮る。
『全学園生徒に告ぐ! 現在、都市部に向けて正体不明の敵勢力が侵攻中。出撃中の全機はすみやかに帰投し、防衛任務に当たられたし!! 繰り返す―――』
本部オペレーターの鬼気迫る声がコクピット内にこだまする。やられた。この強襲は目的ではなく手段、囮だったということか。
『ど、どうしよう〜ハルカ〜』
『今すぐダッシュで戻らんと手遅れになるで。どうするんやハルカはん!』
「落ち着いて二人とも。今から
そうこれは尋常の移動手段では確実に間に合わない。ならどうするか。指をくわえて破滅を待つか? あり得ない。だったら、やることは決まっている。
「二人ともこっちに来て。姉さんも」
『何をするつもりだ…?』
「ひっくり返すのよ、ここから」
近寄ってきたシャルとマドカの機体に手を繋いでもらう。こちらもカスミの〈クラデニッツ〉の手を取り、さらにシャルの機体とも手を繋ぐ。そうして四機が手を取り合う形となる。
[今さらなにをするつもりだ、龍の巫女]
「黙って見てなさい」
意識を研ぎ澄ませる。手順を誤ってはならない。まずはシャル。次にカスミ、そして。
「アンタにはバレる気がするから先に謝っておくわ、マドカ。アタシはーーー」
『あー、構へんで。魂の
やはり気付かれた。でも、そんなあっさり言われると調子が狂うんだけど。
『てか、勘違いしてるで。ウチだけじゃなく、シャルとカスミはんも理解しとるよ。
「……!」
無言の肯定をシャルとカスミから感じた。
その意味とありがたさに気付き、噛み締める。ああーーー、前世とは違って今世でのアタシは得難き
「ありがとう、三人とも。ならばその信頼に応えるまでよ。……“五行相鳴、この世の
シャルの『火』を燃料として術式の
さあ、準備は整った。
「【
操縦桿を通して〈カロン〉にありったけのマナを込める。手脚のギアが駆動し、噴き上がった蒼炎が四人の機体を包み込み、そして姿をかき消した。
[まさか、貴様……!]
間際に聞こえたフード姿の怪人の声から、こちらの術を理解したことを悟るが、時すでに遅し。
次の瞬間に目の前に広がっていたのは、見慣れた首都の光景だった。
『こ、これは……』
『えっ、わたしたちいつの間に戻ってきたの〜?』
『は、はは。埒外すぎるやろこんなん』
三者三様に驚きの声を上げているが、これぐらいは一人でなら軽く行使できる技だ。四人を、しかもこんな大きな物を動かすとなると骨だったが、上手くいって良かった。
「びっくりするのは後よ。今は襲撃してくる敵を食い止めましょう」
『あ、ああ。私は一度本部に戻り、状況を把握する。お前たちは無理のない範囲で備えておいてくれ』
無理のない範囲、ね。そんなことを言っていられる状況じゃない。大地からマナを通じて伝わってくる敵の数は尋常ではないし、今は手数がなによりも重要だ。
『ひとまずは先陣切って先頭の奴らを倒していくのでええんとちゃうか?』
「そうね。アタシとマドカが切り込むから、シャルは援護をお願い!」
『りょ、了解だよ~』
『わかったで!』
敵の狙い通りになんて絶対にさせない。さあ―――、反撃開始といきましょうか。
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