第三十七話 流転する剣

 海岸線にて。召喚された巨大なWBウェポンビースト〈ギガンテス〉が倉庫や家屋を踏みつぶしながら、今にも上陸しようとしていた。あんな大きさの機体を動かすには膨大な量のマナが必要となる。前回もそうだったが、どこからそれだけのマナを調達しているというのだろう。


「ちっ、また厄介そうな敵ね……。前回は大百足で、今度は海坊主とでも言うつもり?」

[どうでもいい。今度こそ滅びよ龍の巫女。終わりはすぐそこだ]


 話が噛み合わない、いや、噛み合わせるつもりもないらしい。ローブ姿の怪人はバッと跳躍すると、どこかに隠れてしまった。今あっちを追いかけている余裕はない。


「シャル、マドカ! 避難誘導が終わったら、すぐに戻ってきて。このデカブツを倒すわよ!」

『それには及ばん。下がっていろ!』

「え?」


 一閃。


 天より垂直に振り抜かれたのは凝縮されたマナによる光刃。


 上陸せんとしていた巨大WBの太い脚部が綺麗な断面図を見せて断ち切られている。これは。


『ふん。図体だけのでくのぼうなどただの的に過ぎんさ』

「姉さん! 来てくれたのね」

『無論だ。今度こそローブ姿の怪人を逃すわけにはいかないからな…!』


 凛とした力強い声を轟かせながら、カスミの〈クラデニッツ〉が真横に着地した。装備は両手に持つ騎士剣のみ。速度重視で最速で駆けつけてくれたのがわかる。さすがよ、姉さん。


『ハルカ、左右から同時攻撃だ。今のうちに畳みかけるぞ!』

[させると思っているのか? 〈ギガンテス〉!]


 ローブ姿の怪人の声。同時に海坊主のようなWBの頭部に当たる部位が展開し、まるで口のようだと思った瞬間、耳をつんざくような高周波が辺り一帯にまき散らされた。それもただの高周波ではなくマナを媒介としたある種の妨害電波のようなソレを受けた瞬間、〈カロン〉とアタシの動きが明らかに鈍くなる。


「ほんっと面倒な相手だわ……!」

『惑わされるな。精神を研ぎ澄ませればこの程度!』

「姉さん!?」


 驚いたことに〈ギガンテス〉の妨害が辺りを侵食する中、カスミの〈クラデニッツ〉がまるで意にも介さずに飛び出す。


 マナの光を纏った両手の騎士剣が励起状態に入り、光の刃を発生させる。アタシの瞳に映るマナの流れは二つ。ギガンテスの生み出す音波の結界と、姉さんが迸らせる膨大なマナの奔流だ。


 まるで大海にて寄せては返す波のように、力強く脈打ち輝きながら炸裂するマナ


「姉さんのマナ特性……。上手く活かせれば、万の軍に勝るわね。この分ならアタシの加勢がなくても勝てるかしら」

[甘いな、龍の巫女]

「!」


 再び〈ギガンテス〉の機体表面を切り裂くかに思えたカスミの斬撃だったが、予想に反してその切っ先は見えないバリアに弾かれるかのように宙を滑った。


 同時に足元の陸地が波打ち、走った亀裂から数えきれないほどの水柱が昇った。動きが鈍っているところを強力な水流に打ち据えられて機体が揺れる。


「相手のマナも膨大ね……」

「刃が通らないとはな!」

「それだけじゃないわ。見て、断ち切られた脚部がもう復活している。回復能力まで備えているなんて厄介すぎるわ。ここは一旦態勢を整えて―――」

[させると思っているのか?]


 立ち昇った水柱が今度は意思を持ったかのようなバラバラの動きで襲い掛かってくる。マナを介した元素操作といったところか、器用な真似をする。


「けど、そういうのってこっちも得意なのよね。“マナコントロール”、急急如律令クイックスタート!」


 相手の操るマナを視て、触れ、掌握する。その支配権を強引に奪い取ることで荒れ狂う水柱をこちらの武器として〈ギガンテス〉に対して叩き込んだ。激流の槍が分厚い装甲を破壊して巨体を海に押しとどめる。


「さすがだなハルカ! 姉として負けてはいられないというものだ!」


 カスミの気迫に応じるようにして〈クラデニッツ〉の機体を支えるフレームから大量のマナ粒子が放出された。限界まで過負荷をかけることで機体性能を底上げする、姉さんのような一部のパイロットにしか許されない奥義。


[いいだろう。諸共に消し去ってくれる]


 〈ギガンテス〉も一段階高く咆哮を跳ね上げ、その全身のありとあらゆるダクトからマナ粒子を溢れさせる。これだけ莫大な量のマナがぶつかり合うのはマズい。辺り一帯ごと消し飛ばしかねない。


「ふぅ……。姉さん、一か八かだけどアタシも手を貸すわ。けど…えっと…」

『なにを躊躇っているハルカ。私はお前のやることなら受け入れるさ。自信を持て!』

「―――!」


 そうだ。この姉はそういう人だった。どこまでも深く広い海のような、落ち着いた心の持ち主。明鏡止水とはこの人のためにある言葉だろう。


 それはアタシでは辿り着けない境地だろう。だが、そんな姉さんの魂に触れて共鳴し、力の一端を借りることぐらいなら!


第二の門、開帳ウシャス・ドゥヴェ・ドヴァー


 両手首両足首のギア型駆動炉が唸りを上げる。周囲に満ちているマナに干渉し、その流れを機体の手脚の延長として使役。


 先ほどまでなら難しかった。だが、今ならカスミと敵が膨大なマナを撒き散らしているおかげで、横からそれ以上の量をかすめ取ることだってできる。


 糸で絡め取り、束ね、編み上げるように。


「大地より仰ぎ、宇宙ソラに頂く。ここに願い奉る逆理の鉾は回り廻る。其は護り、受け止める為のうつわ願いよ、包み鍛えよオン・スナーヤティヨガ・ソワカ。“闇御津羽メルクリア=カロン”」


 超巨大な水の壁が海から立ち上り、そこからまるで帯のようにマナが宙を走り〈ギガンテス〉に巻き付いたかと思えば、その巨体を発散されていたマナごとその空間内に閉じ込めた。機械の駆動部分が軋む摩擦音が掛かっている負荷の大きさを物語っているが、だが巨体はもはやびくともしていない。


[馬鹿、な。ただの術式がこちらに干渉できるは、ず]


「今よ、姉さん!」

『心得たッ!!』


 この隙を逃さず、カスミの〈クラデニッツ〉が躍動する。


 チャージを終えていた二振りの騎士剣が一つに重ねられて巨刃と化す。循環する水流がどんどん加速してチェーンソーのように刀身を覆う。機体の全長すら越えて天を突かんばかりの輝く一振りとなったそれは。


「ハルカに倣いこの技には名を付けよう。海すら絶つのは巡る祈り。流転せよ祈願、"断海波剣ヴァルナ・アトリーズィエ" ッ!!」


水流の檻に封じ込められた〈ギガンテス〉が今度こそ縦一文字に両断される。数秒遅れて、逃げ場を失ったマナの大爆発が海岸全体を揺るがす規模で炸裂した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る