第三十六話 海より来たる

 突然で悪いけど、〈アマト〉の郊外地域がどういう地域なのか説明させて欲しい。


 山間部を挟んだ隊士養成学校の反対側に広がる郊外には〈アマト〉唯一の海岸が存在し、交易や漁業で栄えている港街があったりする。そしてそここそが今回の課外演習のゴール地点であり、イヤな気配を感じた発生源だ。


「なにが起きているっていうの」

『どうしたの〜ハルカ〜。不味い事態〜?』

『ハルカはんの勘は、よー当たるからなあ。とにかく急ぐで!』


 マリアンヌのチームにひとまずの勝利を収めてから息つく間も無く、アタシたちは港町に向かっていた。


 以前郊外の地下空洞でWBウェポンビースト〈ヘカトンケイル〉と戦った時と同種の気配を海の方角から感じたからだ。


 またぞろローブ姿の怪人が現れたのか、それとも全く別の異常事態か。なんにしても急がないと。


『シャル、目標地点まであとどれくらいかしら』

「ええとね〜。残り…二十キロメートル!」

『ありがと。急ぐわよ!』


 フットペダルを踏みつけてスピードを上げる。


 山道を抜けると、海岸線が見えてきた。そしてそこにあったのは賑やかな雰囲気の港町ではなかった。


「……なによアレ」


 海岸線から次々に上陸し、街や防壁を破壊していく異形の姿。WBウェポンビーストの類だろうが、どこから湧いて出てきたのか。


『地下空洞で会ったバケモンと似たような感じかあ……?』

『ハルカっ、街が大変なことに~』


 シャルの悲鳴のような報告を受けて視線を向けると、倉庫街と思しき場所から煙が立ち上っている。防衛に回っているWDウェポンドールに襲い掛かっているWBは、ヒレのような爪が生えた手脚に、球体と呼べるほどに丸い独特の流線形のフォルムだった。装甲が分厚いのか、銃弾や砲弾を弾きながら岸に上陸していくのが見える。


「加勢するわよ。シャルは避難誘導を、マドカは一緒に来て!」

『わかったよ〜』

『了解や!』


 二人を向かわせる一方で、アタシも術を準備する。〈カロン〉の腕部装甲から刃を展開してマナを充填する。イメージするのは薄く長く伸びる炎の刃。


 アタシの炎への適性が上がっている今なら、できるはず。


第五門開帳ウシャス・パンチャ・ドヴァー! 燃え伸びなさい、“火軻遇突智マルス=カロン自在スヴァヤン”!」


 装甲の継ぎ目から噴き上がった炎が腕部を覆って紅蓮の槍となる。彼我の距離をものともせずに駆け抜けた炎が、何体ものWBウェポンビーストをまとめて薙ぎ払った。


 呆然として動きを止めた味方のWDウェポンドールの前に立って、最後の一体の胴体を貫く。


『なんだ…新手か!?』

「落ち着いて。アタシは隊士養成学校の生徒よ。警備隊士ね? どういう状況か手短に教えて」

『あ、ああ。本日正午過ぎに、湾岸線から急にヤツらが現れたんだ。即座に防衛戦に移行したんだが数がな…。今は膠着状態だ』


 なるほど今倒したのは氷山の一角か。防御力は大したものだが、動きは遅い。各個撃破よりまとめて倒す方が良いだろう。


「事態は了解したわ。アンタたちは街の避難を。WBはこちらで対処するわ!」

『りょ、了解!』


 聞き分けが良くて助かる。


 警備隊を見送って、残る敵を見据える。倉庫街から少し離れた市街地の方に反応があるし、急がないと。


 〈カロン〉の背面バーニアを噴射させて一気に加速する。市街地を縦断する大通りに出ると、そこには既に無数のWBウェポンビーストが湧き出ていた。信じられない展開速度だ。


「ったく、ホントに厄介だわ!」

[再び相まみえる時が来たか、龍の巫女―――]


 遠くから響くような、現実感を置き去りにした声。


 視点を素早く真横にずらすと、付近の民家の屋根からこちらを見下ろす形でローブ姿の怪人が待ち構えていた。


「アンタね…! 一体、なにが目的なのよ」

[答える必要はない。ただ、盟主の為の贄となれ]


 ローブ姿の怪人が素早く指を動かして宙に九字を切ると、背後にあった海からとてつもない高さのマナの波が持ち上がった。


外典開帳げてんかいちょう理怪招来フォーミュラサモン! 湧き出でよ、〈泣き荒れる産豊歯ミミル・エポニム・ギガンテス〉!!]


 マナの波が渦巻き、海岸線に先ほど戦ったWBを何倍ものサイズにしたような個体がその巨体をゆっくりと起こした。

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