第三十五話 リーダーとは何か
威力は充分だった。
〈カロン〉の必殺技によって、〈リュストゥング〉の腕部は半壊し、そのまま機能停止に追い込む………はずだった。
「なに…?」
『はは、あはははははは! 驚いて頂けたかしら、ハルカ=アベノ!』
確かにこの拳で打ち砕いた感覚がある。
それなのに、マリアンヌの〈リュストゥング〉はピンピンしている。吹き飛ばされたものの、その見た目に損傷はない。どうなっている。
『ハ、ハルカ〜。何か変だわ〜』
「どうしたのシャル!? …………は?」
シャルの困惑した声に振り向いて、アタシは我が目を疑った。
後ろで戦っていた取り巻きの〈リュストゥング〉がいつの間にか半壊していたのだから。訳がわからない。ダメージの様子から見てシャルやマドカの仕業ではあり得ない。
“まるで、〈カロン〉の攻撃でも受けたように肘の辺りからひしゃげている”。
「……!」
アタシの眼があっても捉えるのが困難なほどの薄く細いマナの糸が、取り巻きの〈リュストゥング〉からマリアンヌの方へと伸びていることに気が付いた。そこに緻密に織り込まれた術式。
直感で把握する。
陰陽における本領、その一つ。呪いだ。それも自身への変化を同型の他者と照応し、転嫁するタイプだ。
一体どこの誰が構築した術か。そもそも自分の知っている類の呪いなのか。いやそんなことよりも。
「仲間を身代わりにするなんて何を考えているのよっ」
『勘違いしているようですわね。これは彼女達も承知している、こちらの立派な戦術ですのよ。システム・ワルキューレですわ』
「なんですって……」
信じられない。己の生殺与奪の権を他人に預ける? バカじゃないのかしら。全く理解できない!
『はぁ……。やはりバァッドですわよ、貴女。そのように中途半端な覚悟で戦場に立たれては不愉快ですわね!』
「中途半端って…、アタシはそんなつもりはないわ。自分の力が及ぶ限り仲間を守る覚悟だって」
『それが甘いと言っていますのよ。戦場で己が身すら守れない者を庇いながら戦うなど愚の骨頂!』
『………!』
「シャル。気にしちゃ駄目よ」
そんな理屈など関係ない。アタシは全てを守るために『最強』になると誓った。その為なら立ち塞がる全てを打ち倒す。
「御託はいいわ。要するに身代わりを全て壊して、アンタ本人を叩けばいいだけのこと!」
『……もう少し賢い方かと思っていましたが、見込み違いでしたかしら。良いでしょう。ここで完膚なきまでにプライドを砕いて差し上げますわ!』
マリアンヌの〈リュストゥング〉が再び拳を打ち鳴らし、ファイティングポーズを取る。こちらも〈カロン〉の拳に蒼炎を宿す。
ジリジリと間合いを図り、互いの呼吸を読む。鋼鉄のヒトガタを介していてもこの基本は変わらない。そしてマナの動きを視る事ができるアタシの方が有利。
「…そこぉっ!」
背面スラスターをパワー全開で噴かせる。
だが、対面する〈リュストゥング〉が突撃してきたのも同時。お互いに全速力で拳を突き出す形。
「ぶち抜け、〈カロン〉ッ!」
『起動なさい。
蒼い炎が迸る右ストレートと、爆ぜた火薬により射出されたパンチグローブ型武装が、衝突して激しい衝撃を巻き起こす。
手応えはある。だが拮抗している。ダメージを取り巻き連中に肩代わりさせているからだ。この状況が続けばこちらがもたない。
『重ねてもう一押しですわ!』
「ぐっ…」
杭を引き戻す勢いを利用して、〈リュストゥング〉の拳本体が二撃目を叩き込んでくる。
ダメージを逃がしている影響で取り巻きの機体は火花を散らしてはいるが、まだまだ戦えるらしくシャルとマドカを相手取ってすらいる。
このままじゃ……。
『ハルカっ、私たちは大丈夫、だよ〜! だから…ぶっ飛ばしちゃって!』
「シャル…!」
激励の言葉と共に後方から激しいマナの波動、シャルの “炎” を感じた。
そうだ。惑わされるな。何が大事で何が重要かは、今度こそアタシが決める!
「
手首の駆動炉を一気に回転させ、機体が記憶しているマナ術式を起動する。紅蓮の火炎が右腕全体を覆い、尽きる事なき篝火を灯してゆく。
「受けてみなさい、アタシとシャルの必殺技。
勢いよく轟いた業火の槍が拮抗を打ち破り、マリアンヌの〈リュストゥング〉を今度こそ押し込み、打ち倒した。
『くっ。システムの過負荷による、機能停止…。なるほどですわね……』
一度に肩代わりできる許容量以上のダメージを与える。WB〈ヘカトンケイル〉を倒したのと同じ方法だが、思った通り通用した。
「はぁ……。取り巻きの機体も同時に倒せたみたいね。一石二鳥、だわ…」
『ハルカ〜大丈夫〜!?』
『まったく。ホンマにようやるわ、ハルカはんは』
シャルとマドカも無事なようでなにより。これでいい。これで……。
さすがに疲れたと肩を軽く回し、行軍を再開しようとして。
ゾクッ。
「!?」
今のはなに。
山合いの向こう側から感じた異様な気配に悪寒が走った。
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