第三十話 ランクロワイヤル、開幕

 遠足、または課外演習。どうせ授業の一つだろうくらいに思っていたのだが、アタシは当日になって己の認識の甘さを痛感させらた。いや現在進行形でさせられている。


「なんなのこれ……」

「わ~、すごいね~!」


 一年生と二年生の合同演習であるというのは聞いていた。だが、それにしたってこの騒々しさはどういうことだろう。


 見渡す限り、生徒たちと色とりどりのWDが所狭しと並んで校門前に大集合。教師陣も総出で送り出す構えだったり、なんなら生徒の親らしき人影も散見される。さながらお祭りのような賑やかな雰囲気だ。


 今回って、ただの遠足のはずよね???


「なにを呆けているんだ、ハルカ」

「って、姉さん。ねえ、この騒ぎはどういうことなのよ」

「なんだ知らなかったのか。今回の課外演習は、年に一度の校内ランキングが総入れ替えとなる行事……、ランクロワイヤルだ!」


 ランク、ロワイヤル。


 微妙に物騒な名前の催しだが、とてもじゃないが遠足に付けられていい物じゃない。


「まあ、これから説明を行う。心して聞くようにな」


 そう言ってどこかに去っていくカスミ姉さん。相変わらず生徒総会会長というのは忙しいらしい。


「ランキング上位者も参加するいうんはそういう意味やったんやな。当然っちゃ当然やけど、黒服の特待生もちらほらおるみたいやで」


 合流してきたマドカも大勢の生徒を見回しながら、飄々ひょうひょうとした態度の中に不敵な笑みを浮かべている。


 にしても、ランキング総入れ替えと来たか。つまり、普段からランキングにうるさい連中にとっては千載一遇のチャンスというわけだ。


「まあ、誰が来ても返り討ちにしてやるけどね。いい加減小競り合いみたいな決闘も飽きてきたところだし」

「随分と勇ましいこと。さすが街を救った英雄さまは違いますわねえ」


 急に話しかけられて振り返ると、縦向きにドリルカールした亜麻色の長髪をきざらしくかき上げながら近づいてくる一人の女子生徒が目に入った。シャルほどではないが、なかなかの美人だ。


「アンタは……?」

「このワタクシを知らないとは、この学校の生徒にあるまじき失態ですわ。ワタクシこそ〈アマト〉有数の令嬢にしてこの養成学校でも限られたエリートの一人。その名も―――」

「あなたもいたんだね~…、マリアンヌ」

「シャルロット=パルファム! 名乗りを奪わないでくれませんこと!?」

「知っているの、シャル?」


 珍しく嫌悪感を隠さないシャルの様子から察するに、このマリアンヌという子との仲は良くないようだ。対外的には基本温厚なシャルにしては珍しい。


「うん~。この子は~…マリアンヌ=オードワレ。私の家とはライバル関係にあるオードワレ財閥の娘さんだよ~」

「ああ、なるほど。あのオードワレ家の」

「ちょっと。妙な納得の仕方なのですけれど?」


 まあ、有名な家だし当然だろう。


 シャルのパルファム家は商売や貿易で大きくなった財閥だが、一方のオードワレ家が取り扱っているのはずばり兵器だ。自国内だけでなく他国ともやり取りがあるらしく、一部の人間からは疎まれているとも聞く。その性質上、都市警察の家系であるアベノ家とも昔から繋がりがある……らしい。


 というのも、修行に明け暮れていたアタシは一切関わってこなかったから伝聞のみで、詳しい事情は知らないのだ。


「そんなオードワレ家のご令嬢が何の用かしら?」

「ごほん。なにを隠そう。ワタクシの家はあらゆる兵器を扱っていますわ。そしてその中には、もちろんWDウェポンドールもありますの」


 それはそうだろうなと思いつつ、先の読めない話に身構える。


「ゆえにハルカ=アベノさん。アナタに宣戦布告しますわ!」

「は?」

「今回のランクロワイヤル…、最終結果でワタクシのランキングがアナタより上だったら、ハルカさんの機体を頂きますわ!!」

「なっ……」


 急にとんでもないことを言いだすわね、このドリルロール。言うに事欠いて〈カロン〉を寄越せだと?


「いい根性してるじゃない」

「マリアンヌ〜、そんな勝手すぎる話は―――」

「シャラップ。金魚の糞は黙ってらっしゃい。強者に媚びへつらうだけの能無しに興味はありませんの。ワタクシが欲しいのは圧倒的強さ…、そしてそれを為す兵器のみ!」

「っ……」

「アンタねえ…!!」


 ここまでストレートに親友を侮辱するとはホントにいい根性をしている。彼女の持つ “強さ” を知りもしないのに。どうしてくれようか。


「ハイハイ、落ち着きぃや二人とも。ウチが言えた筋やないけど、喧嘩売る相手はちゃんと選びぃやお嬢さん」

「あらあら。アナタは確かマドカ=アーシアさんですわね。転入試験優秀者のアナタにも興味がありますの……。〈クリスハスター〉だったかしら? あのカスタム機も欲しいですわねえ」

「こんのアマ……」


 おいおい、マドカにも喧嘩を売るとはこのお嬢様マジか。兵器を扱う家の人間のくせに、戦力差を見極める目が曇りすぎじゃないかしら。


 一触即発の空気が漂うアタシたちだったが、それは大声で響き渡った姉さんの声によって中断されることとなった。


『あー、テステス。こほん……。みんな、今日は良く集まってくれた! この一年に一度の行事が快晴の下に迎えられたことを喜ばしく思う!』


 校門前にいつの間にか設置されたお立ち台の上に立つ、カスミの愛機〈クラデニッツ〉からオープンチャットを介して、若干場違いな程に凛とした声が流れてくる。


『今年のランクロワイヤルは、ここ数年で一番の参加者数となった。よって今年は特例としてチーム戦によるランクポイントの変動を認めることにした!』

「チーム戦有り、だって!?」

「これは荒れるわね…!」

「? 急にみんな騒ぎ出したけど、どういうことかしら」


 チーム戦ということは、グループを作って集団戦を行うということだろう。さほど問題になるルールでもなさそうだけれど。


『このチーム戦ルールでは部隊のランク変動は連帯責任。つまり、一人がランクを下げた場合、それは隊全体に波及する!』

「なるほど、ね……」


 それはつまり、非常に簡単な方程式を生み出す。すなわち弱肉強食。強者と組んで弱者を狩る。それだけで単位もランクポイントも稼ぎ放題だ。


 だが、そんな一方的な戦いでしかなさそうなルールを姉が許すだろうか。


『しかし、一方的な戦いは私の望むところではない。よって今回はバウンサーシステムを導入する! ランキング上位十名が各チームのコールに応じて共に戦ってくれる。ただし権利を行使できるのは三度まで! 使わずに戦い抜いても構わない。そこは君たち生徒諸君に任せよう!』

「つまりは用心棒ということかしら。それでパワーバランスを取ろうというのね」


 面白い。これはまだ見ぬ強敵との出会いが待っていそうではないか。俄然やる気が出てくるというものね。


 カスミの声に続くようにしてお立ち台の前に並ぶ十人の生徒たちは、確かにみんな何か特別な "強さ" を感じさせる者ばかり。


 そんな彼らを前にして、アタシは湧き上がるワクワクを抑えきれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る