第二十九話 次のステージ
新生活が始まった春が過ぎ去り、若葉が育ち始めて、暑い夏が目前に迫ったそんな季節。
少しずつ蒸し暑くなってきた教室の隅で、アタシはのんびりと首を傾げていた。
「遠足?」
「そうだよっ! 今の時期は都市外周部がハイキングにぴったりなんだ」
「楽しそうだね〜」
「なんや呑気な話やなあ。ここ一応警備隊の養成学校やろ?」
すっかり仲良さそうに会話するユキ、シャル、マドカの三人。
どうでも良いけどなんでアタシの机を囲んで雑談しているのかしら。というかユキは一年生のはずなのにどうして二年生の教室に?
「それがただの遠足じゃないらしいんだ。課外演習を兼ねていて、徒歩とWDで移動なんだって! 行った先では実技試験もあるらしいよ?」
「なら、どうせもらえるのは実技の単位でしょ? そっちは足りてるのよねー…」
先日の地下坑道における〈ヘカトンケイル〉戦の実績で、正直この一年は実技の授業を受けなくても良いくらいには単位が有り余っている。むしろ欲しいのは座学の単位――――
「あっ、でも成績優秀者は座学の単位ももらえるらしいんだよね」
「いつ出発するのかしら?」
「急にやる気出しとるんやが!? 現金やなあ……」
当然。楽できるのなら頑張らない手はない。
もっとも、同年代との戦いでアタシが劣るとは思えないし本気を出すまでもなさそうだし、結局は楽な授業になりそうだけれど。
……いや油断はできないか。またぞろあのフード姿の敵が襲ってこないとも限らないのだから。あんな手の込んだ襲撃を仕掛けてきた相手が一度で引き下がるとは思えない。まあ、生きていればの話だが。
「実習ではランキング上位者も参加するらしいし、楽しみだねっ!」
「あら、ユキもわかってるじゃない。強いやつと戦えるといいのだけれど」
「二人とも〜危ない事は駄目だよ〜」
「まー、ウチやハルカはんみたいな黒服クラスはほぼおらんやろうけどなあ」
なんていう風に四人でかしましくしていると、担任が教室に入ってきて授業が始まる。
「それじゃあ、またね先輩!」
自分の教室に戻るユキ。さて、相変わらず座学は退屈そうだし寝るとしよう。
「ハルカ~寝たら駄目よ~」
「はいはい……」
シャルの声を子守歌に、そのまま意識を夢の世界へと旅立たせるアタシであった。
○●○●○●○●○●○●○●
〈アマト〉警備隊士養成学校、生徒総会室。豪奢な造りの部屋と豪華な調度品の数々は、部屋の主人であるカスミからすれば無駄でしかなかった。学校長の趣味なのだろうが、どうにも成金感が鼻につく。
使える物は使うまでと言い聞かせて、今日も会長席に身を預けて書類仕事を片付けようとしたその時。
「会長、失礼します」
「トウヤか。どうした?」
ノックと共に入ってきたのは、生徒総会会計のトウヤだ。いつも通りの茶色がかったくせっ毛と一見不愛想に見える目つきの悪い顔。だが、根が真面目で一本気なことを知っているカスミからすれば、その態度は可愛らしく映っていた。
そんなカスミの気持ちを知ってか知らずか、トウヤは少し目線を外したまま報告書と思しき紙の束を手渡してくる。
「うむ、これは?」
「今度の合同課外演習の目録です。今のところ、演習地付近に想定外の要素は見られません。これなら予定通りで問題ないかと思います」
それを聞いて安心する。今度はハルカが転入してきてから初の課外演習だ。ぬかりのないようにしたい。
例年通り、校内ランキング上位者を交えた実習と、“もう一つの催し物” を実行できそうだ。
「そういえば、ローブ姿の怪人の捜索にあれから動きは?」
「いえ。警備隊の保安部隊から挙がった報告でも、一件の交戦記録のみで他には……。依然として行方をくらませたままです」
「なるほどな。ありがとう、トウヤ。それはそうと…、敬語はやめてくれと毎回言っているはずなんだがな」
「そうは言われても、これは癖みたいなものですから」
「むぅ」
昔はこうじゃなかったのに、とカスミは少し不満だった。
トウヤとはいわゆる幼馴染みという間柄で、幼い頃はもっと近い距離間でお互いに切磋琢磨したものだ。だから、警備隊養成学校に入って隊の末席に加わってからの彼の態度には非常にもやもやしているのだった。
「もう少し昔みたいに話してくれてもいいではないか……」
「なにか言いましたか会長?」
「なんでもない! …こほん。では課外演習についてはこのまま進めてくれ。くれぐれも漏れがないようにな」
「わかりました」
一礼とともに生徒総会室を後にするトウヤを見送って、会長席に深く腰掛けなおし、天井を仰ぎ見る。
「ハルカに笑われてしまうな……」
常に前を向いて突き進む愛する妹のことを想いながら、自嘲気味な呟きを漏らす。
思い返せばこの身は、人よりマナの保有量が多いというだけでいつの間にか今の立場に収まった。都市警備隊の【
ある意味、才能が少し秀でていただけの自分よりも、努力や鍛錬も怠らないハルカの方がよっぽど人の上に立つべきではないだろうか。
いや、妹の性格的にそれはあり得ないだろうことはわかる。しかし、もしそんな時が来れば私は―――――
「いや考えても仕方なし、か。私も、今は自分のできることを精一杯行うとしよう」
差し当たって、まずは溜まっていた書類仕事を片付けることが最優先だと机に向き直るのだった。
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