第二十八話 暗躍者の独白

 都市の誰もが寝静まり沈黙が支配する真夜中の時間。〈アマト〉内のどこかに存在する古びた教会の祭壇にて、彼あるいは彼女は一人佇んでいた。


 ローブ姿のその人物こそは、数日前〈アマト〉地下坑道にて巨大WBウェポンビースト〈ヘカトンケイル〉を召喚してみせた張本人。そんな人物が、ただじっと祭壇で祈りを捧げている。


 否。正確にはぼそぼそとした小声で、誰かと会話をしているようであった。


「盟主。あれでよろしかったのですか?」

[ああ、上出来よ。まずは門が一つ顕現し、一つ目的に近づくことができた。礼を言う]

「そんな…礼など…。この身の願いは盟主の復活の先にこそあるものですから」

[うむ、そうだったな]


 虚空から聴こえる声は、人が発しているとは到底思えないほどに冷え切り恐ろしい。だがローブ姿の人影は深く感じ入った様子でこうべを垂れている。そこから伝わるのは圧倒的畏敬の念。


 姿なき声の主は、ローブ姿の人物にとってそれだけ重きを置くべき存在なのだろう。


[……計画は至って順調。一年前、クィナの連中は良くやってくれたものよ。後はただ道なりに進むだけで、我と貴様の願いは成就する]

「はっ…!」


 喜びを隠しきれないかのように震える様子のローブ姿の人物に満足したのか、盟主の気配はそれ以上喋らず、次第に闇に溶けて薄まって程なくして消滅した。


「…………」


 気配が消えたのを確認すると、ローブ姿の人物はゆっくりと立ち上がり、いつの間にか背後に立っていた別の誰かへと振り返った。


「…笑いたくば笑え。本来敵とすべき相手にかしずくこの身の卑怯をな」

[どうして? それがあなたのやりたいことではないの?]


 そこに居たのは、外見は一人の子どもでありながらその体が透けている半透明の霊体だった。顔立ちなどは靄がかかっていてよく見えない。見えるのは、その顔が笑っていることを示す赤い弧を描く唇のみ。


 ローブ姿の人物が名前を知る由もないが、彼女こそ〈カロン〉を守っていた少女の幽霊イザナであった。


[せかいにむきあうものには、かくごがひつようよ。ことわりをつかんで、ことわりをかえるかくごがね。あなたはそれをもっているの?]

「黙れ。貴様のような化け物が知った風な口で、 "ボク" の想いを試すな……!!」

[ためしたりはしないわ。ただ、みまもることしかできないもの]


 クスクスと口の端を歪めながらイザナは来た時と同様に、気づけばどこかへ姿を消していた。


 ローブの下に隠れた顔に浮かんだ怒りを鎮めつつ周囲を見回すその人影だったが、何かに弾かれたかのように今度は頭上へバッと視線を向けた。


 すると視線の先で教会の屋根が吹き飛び、破片を飛び散らせる。咄嗟に飛び退いたローブ姿の人影を追うようにして、数体の三〜四メートルの人型兵器WD〈ヨロイ〉が勢いよく降り立った。


「次から次へとっ……」

『見つけたぞ、フードの怪人! 都市警備隊の者だ。大人しく縄につけ!』


 フードの怪人だって。妙なあだ名をつけられたものだと思いつつ、隠していた自身の機体を起動させて素早く乗り込む。


「たった四機か。問題ない」

『な、なんだその機体は………』

WDウェポンドールまで奇怪とはな!』


 相手が動揺するのもわかる。敢えてそういう外見にしているのだから狙い通りでもある。


 機体頭部を覆うようなフード型センサーに、手前から奥に長く突き出した胴体、獣のように畳まれた構造の脚部。それでいて両腕に装備しているのは超大型の二丁拳銃というアンバランスなフォルム。カラーリングもダークグレーで威圧感がある。


 隠密強襲用WD〈ブラックキャット〉。ローブ姿の人物の機体であり、闇世に紛れて敵を狙う暗殺の牙だ。


「奇怪とは失礼な。見ろ、〈ブラックキャット〉も怒っているじゃないか」

『な、なにを』

「遅い」


 話の途中で、〈ヨロイ〉一機の胴が泣き別れになる。動力炉を綺麗に外したおかげで爆発はしない。しかし、正確にコクピットを両断した一閃がパイロットを殺していた。


 機体の両脚から展開した高周波振動刃ソニックブレードによるすれ違いざまの斬撃。とてもWDの物とは思えない踊るような機動。


『貴様ッ』

「視えてる」


 フード型センサーから一対の突起が展開し、数度瞬く。背後から突進した〈ヨロイ〉に、〈ブラックキャット〉の背部から射出されたワイヤーアンカーが突き刺さった。かと思えば、電流のスパークが瞬いて機体を破壊し尽くした。


『くそっ』

「逃しもしない」


 逃走しようとした残り二体の〈ヨロイ〉に、〈ブラックキャット〉の二つの銃口が狙いを定め、咆哮。放たれた弾丸がそれぞれ脚部と胸部を貫いて機体を沈黙させた。


 あっという間に場を制圧し終わり、ローブ姿の人物は異形の機体ブラックキャットのコクピット内で一息つく。


「願いを叶えるまでは……。例え、どれだけこの手が汚れようとも構わない。立ち塞がるものは全て…破壊する…!」


 震える声でそう吐き捨てて、ローブ姿の人物は愛機を駆り、次の計画の準備をすべく闇夜へ溶け込んでいくのだった。

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